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想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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「今日のいっぷく」 日曜版



OSPブログ250号(グローバリズム) 2016/11/27



アメリカ大統領選で大方の予想を裏切り、トランプ氏が勝利しました。

嫌われ者同志の二人と言うことで、以前、私は「アメリカ国民の不思議」と
ブログに書きました。


今度は、よもやのトランプ氏の勝利です。



保護主義と、グローバリズムの闘いと位置づけられた選挙戦で、アメリカ国民の
利益を優先すると主張したトランプ氏が勝利したのです。


基本的にアメリカは多民族国家、それも世界中からの移民の国だったのです。

しかし、今は多民族の流入を、以前からの多民族が既得権を脅かされていると
叫んでいるようにも聞こえます。

それも特に白人たちの経済的背景が最悪だと言うのです。


一方、TPPなど日本経済の成り立ちに大きな影響を及ぶとして、国会では
強行採決までして法案を進めようとしています。


これまで、世界はアメリカ主導で動いてきた感が強いのですが、
考えてしまいました。


個人の集まりが家族、集団、社会、国家、世界と構成されていくのですが、
確かに私たちは一般的には、自分の基盤、家族の基盤構築を先に考え、
その後に周囲や社会のことに思いを馳せていきやすいと思うのです。


もとより、自分を犠牲にしても、世のため人のためと、わが身や我が家族を
犠牲にしても社会貢献をしている方々もおられます。

そうなると、オバマ大統領があまねく人類平等に平和に豊かにとは
、理想としては共感できても、だからと言って明日家族を飢えさせる
わけにもいかず、身近にホームレスや、無職の若者がゴロゴロしている
状況を見ると、グローバリズムにも犠牲者が存在することになるのではと
思ってしまいます。


難しい命題を私たちは突きつけられている気がします。

自分たちが世界に貢献できる範囲はどこまでをいうのでしょうか。

年金支給率を下げようとする法案も国会に提案されています。

年金だけでは生活できないとする日本人高齢者を悩ませています。


私はとりわけ、トランプ氏を支持しているわけではありません。

ただ、基本を個人の生死を基準にしたとき、他者にどれだけ
優しくなれるかと思うだけです。


世界中の国が自分たちにできることを、それぞれ、役割分担しようとしています。




キュウバの指導者、カストロ前議長が亡くなりました。

独裁者とも言われた彼を国民は崇拝していると報道されています。


何が、正しく、何が正しくないなどは、歴史が証明するそうです。


でも我々は歴史の評価まで待てないのです。
今の問題なのです。
権力者たちににそこまで甘えてほしくないのです。

歴史を待つのは人間の知恵の積み重ねがない、学習がないだけの
結果と思うのです。



歴史の評価などではなく、今現在、決定的な間違いをしないよう、
トランプ氏に限らず、世のリーダーたちに十分認識してもらいたいと
思うのは私だけでしょうか。




最後まで、お読みいただきありがとうございました





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「今日のいっぷく」日曜版



OSPブログ249号(入院しています)



私は、今肺がんで入院しています。しばらくお世話になりそうです。

原因はタバコだというのですから、十分理解が出来ています。

でも、癌は遺伝だと思っていましたので、無縁の筈だったのですが、
そうとは限らないことを知らされました。


肺がんはつらいです。喫煙されている方には、即禁煙をお勧めします。

私も若い時は、他人事の病だと思っていました。

でも違ったのです。悪いことは言いません。すぐやめてください。


大体、いまどきタバコを吸っている姿がかっこいいと思う人など誰もいません。



胡散臭くみられるだけです。本人は分からないかもしれないのですが、
品格さえも落としているのです。


さて、それにしても入院では、病院のスタッフの方々に大変お世話になります。
ですから患者として、好ましく見てもらう必要があります。スタッフであっても人間です。

可愛くない患者と、好印象の患者との区別はないと言っても、心の作用は
どこかで現れます。


患者は我儘です。

私も暇でしたので、看護師に嫌われる患者とはどんな人かネットで調べて
みましたら、主に次のようなものが例示されていました。

①、要もないのにコールする。②、セクハラ。③自己理論を並べる。

ところがその後に続いたのが、「病院の食事を食べない」、でした。



患者誰もが勿論、「客だから、もっとサービスを!」、をなどと思っている人はいないのですが、
残念ながら、病院の食事は病気のせいかもしれませんが、あまりおいしく感じません。


ですから、私も一生懸命食べるのですが、時々、半分以上残してしまいます。




先日、薬剤師の先生が、抗がん剤について説明に来られました。

副作用など一通りの説明の後、食事は大事です。身体を作るのは
食事ですからしっかり食べてください、と言うのです。



その時私は、声を出しては言えませんでしたが、「それならせめて、味や色合いを
工夫して食欲がでる食べ物を提供してくれ!」、と心でうそぶいていたのです。



実際、患者の楽しみは食事ぐらいしかないのです。
後は毎日、注射に検査などなどです。



以前見舞いに来た娘に、病院の食事を作った人に感謝していないから、
おいしく感じないのだと言われたことがあったのですが、それはそれとして
反省するにしても、薬剤師の先生のいう、食事が命を育むとするのなら、
作り手にも患者に食べてもらう工夫があってもいいのではないかと思って
しまったのです。



第一、家庭の料理をこんな風には作っている筈がないと思ってしまうのですから、
もしかして私も、「食えた患者ではない」のかもしれません。



私が嫌われる患者のトップになっているような気がしています。



闘いの相手が、栄養士ではなく「癌」であったことを忘れていたようです。

最後まで、お読みいただきありがとうございました。

| 社会問題 | 16:12 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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