ワン ステップ プログレス 

想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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「今日のいっぷく」=日曜版




OSPブログ248号(稼ぎながらのダイエット)   2016/10/23



先日、たまにはすっきりした頭をと散髪に出かけました。

長年お願いしている床屋さんですので話が弾みます。


「最近同級生たちが、体調不良になる人が多い。
特に腎臓など内臓疾患が多く、この前は肝臓をやられ、亡くなった人もいる。
注意しなければならない年になってきた」
というのです。


彼は52歳、店のオーナーですが、なにか目標があるらしく、
店が終わると夜は大型スーパーで配送のアルバイトもしているのです。



「よく身体もつね」、の私の言葉に、「休みの日はたっぷり寝ているから大丈夫」、
というのです。



いまどき52歳はまだ若い部類とは思うのですが、内臓にガタがきている
同級生が多いという店主は、あまり酒はやらないなど体には注意しているようです。




彼は続けます。
「そもそも、夕方仕事が終われば毎日彼らは習慣的に酒を飲んでいる。
家で飲む晩酌でさえ思いっきり飲んでいるようで、これでは身体を壊すのが
当たり前だと思う。
いくら、注意しても、言うことを聞かない!


また、飲むだけ飲んで、食うだけ食って肥満になっている同級生たちもいる。

彼らの多くはジム通いしているけど、ちっともやせないと嘆いている。
高い金出して、ジム通い。自分には彼らを理解できない。


要は夕方になれば自由な時間が持てあましているに過ぎないんだ」、
というのです。




「自分は、昼も夜も働いている。
お金もそれなりに入ってくる上に、夜は力仕事なので筋力もついてきた。

2~3か月で5・6キロ痩せた。
健康状態はすこぶるいい。

酒飲んで体を壊したり、お金を出してジム通いをしながら痩せないと
嘆いている同級生たちが理解できない!時間は有効に使いたいものだ」、
というのです。



さらに、「運送の仕事はあくまでも、アルバイトなので正職員たちは
皆上目線で話しかけてくる。おかしくなる。

何故なら自分の収入はバイトを合わせると、はるかに彼らより裕福なんだ。
よく人を知ろうとしてほしい」、
ともいうのです。





彼との話で二つのことを考える機会になりました。


彼のいうことはもっともなことですし、見習うことも多いと思うのですが、
もしかしたら、同級生の酒席の場もその人にとっては、人との交流や
ストレス解消など、貴重な時間であるかもしれないのです。



確かに、収入を得ながらダイエットするのはジムに行くより効果的な
運動にもなるかもしれません。


でも、ジムに行くのにその人なりの思惑があるかもしれません。



また、確かにバイトだけを見て人を蔑むのはよくないことですが、
上とか下とか、店主自身勝ち負けにこだわる、
男の闘争本能があるのではと思ってしまいました。



いずれ、人はそれぞれ多様な生き方をしているのでいきなり、
だれがどうのというのは難しいことだと思った次第です。





最後まで、お読みいただきありがとうございました。
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「今日のいっぷく」日曜版



OSPブログ247号(不思議な国アメリカ)    2016/10/16



アメリカ大統領選挙で、民主党・クリントン候補、共和党・トランプ候補がそれぞれ
終盤の闘いをしています。

TV討論も二度行い、誹謗、中傷の嵐であまり上品とは言えない様相を呈して
いるように見えます。


嫌われ者の二人だと時々報道されるに及んでは、ならばどうして大統領の候補に
なれるのか、私は不思議な気持ちにさせられます。



嫌いだということと、大統領の能力とは判断の基準が異なるということでしょうか。



そうとすれば、大統領の資質について、TVの国民のインタビュウを見ても、
決して高い評価でないようですので、その矛盾をどう説明するのかと思って
しまいます。



いずれ、どちらが当選しても、世界をリードしていけるのかと世界中が注目して
いると思います。


アメリカは大国ですし、その傘の下にいる国、傘の外にいる国の今後に大きく
影響すると考えるからだと思うのです。



しかし、結局はアメリカ国民がそれぞれ推薦してきた二人ですので、国民が
「あきれる二人」などとは言えないのではないかと私などは思うのです。




そんな環境を作り上げた責任は、候補者たちだけでなく、
国民にも帰属すると思うからです。





さらに、最近よくニュースでフィリピンの大統領が登場しています。


近々来日すると伝えられているこの大統領も、少し危うさも兼ね備えて
いるような報道です。




世界のそれぞれの国にはリーダーが存在し、自国だけではなく、
他国との関係で大きくクローズアップされてきます。




今や「世界」が単位になったり、命題になったりしているからだと思います。


昔のように国粋主義者などという言葉は死語になっているのかもしれません。




そう思うと、それぞれの国の国民が一番心しなければならないのは、
リーダーの選出だということにもなりそうです。





アメリカ大統領選の昨年からの熱狂さには、危うさを感じます。





私などは、時折、冷めた目で見る変わり者の性格も手伝い、国内のスポーツ、
音楽ライブ、政治においてさえも、それぞれ熱狂する人々の姿に覚めて
しまうことがあります。





ヒトラーも、初期の段階では国民の熱狂的な支持があったり、独裁政治の国で、
例え作られた演出とは聞かされても、人の「付和雷同への危うさ」を気に
してしまうのです。
 




しかし、国内も含めて、要因が何であれ、時と場合によってはですが、
異常な環境を作り上げるのが、「大衆の熱狂」にあるかもしれないと思うのは、
7私が臆病だからでしょうか?






最後まで、お読みいただきありがとうございました。






| 時事問題 | 19:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」日曜版




OSPブログ246号(中途半端な50代後半)  2016/10/10



先日、50代、60代の方々と会話する機会がありました。


60代の方々が言いました。


「以前は60歳の還暦を迎えたとき高齢者として、社会保障はもとより敬老会に
至るまで様々な特典を与えられていたけれど、最近は高齢者が増え続け、
国の支援も65歳以上が普通になってきた。

今後は、高齢者の特典をもらえる年齢も更に延長されるのではないか」、
と残念そうに言うのです。



その時50代の方が、

「そう考えると、50代後半は、多くの仕事や大きな責任などを課されているのに、
多忙極まりない日々と責任があるだけで、高齢者のような特典はない。
まさに、50代後半は中途半端な年齢ということになる」、と言ったのです。


55歳から60歳までの年月は、人生で充実する時期と私は思うのですが、
その分、確かに責任の重さも感じる立場に居られる方も多いように思います。



今は、高齢者として、旅行社や飛行機、バス・電車など陸路の交通機関だけでなく、
ホテル、カラオケに至るまで、シニアの特典を整備したサービスが多彩のようです。



加えて、運転免許証の返納による特典もあるなど、各自治体独自の特典も
用意されています。


これは地域の活性化に高齢者にも参加してほしいとするメッセージかも
しれません。



確かに、私たちもそうでしたので、「50代後半」の方々は、日々四苦八苦
している日常に悶々としているような気もします。



しかし、私は言いたいのです。

「嫌でも、もうすぐ高齢者の仲間入りはできます。年を取るのに努力は要らない
のです。
誰もが高齢者になれますので、もう少しお待ちください」と。



むしろ、問題はその後どう生きるかで、特典を生かせるかどうかが異なって
きます。



老婆心ながら私は、知り合いの方には、50代後半の方は今のうちに、
セカンドライフのプランを構築することをお勧めしています。



私は、定年後セカンドライフのプランを持たないまま何年も
過ごしてしまいました。



もったいない時間であったと反省しているのです。



ほとんどの方は、現役を終えるとき生活基盤は一応揃えています。


必要な家具、家電など備品は手に入れているのです。



高齢になった時、一番の命題は、「心の飢え」をどう満たすのか
ということではないかと思っています。




その解決には、お金、趣味、道楽、仲間など様々な「手法」があると思う
のですが、自分にもそれが当てはまるかどうか、それぞれが自分の価値観と
併せて検証しておくことも必要ではないかと思っているのです。



「手法と価値観」が合わない時、「心の飢え」を満たすことは出来ないかもしれ
ないのです。




最後までお読みいただきありがとうございました。



| セルフマネジメント | 17:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」日曜版




OSPブログ245号(白内障=見る力)          2016/10/2



私も、年々目が見えなくなり、メガネの買い替えが必要と思う日が続いています。


勿論老眼なのですが、周囲の人たちの話を聞くと、高齢になるに従い、
白内障を患う人が多いそうです。


先日、白内障の手術した方の話を友人が教えてくれました。

手術をされた方は、高齢の女性であったそうですが、両目の手術が成功し、
良く見えるようになったと言っていたそうです。


でも、見えすぎて少しへこんでしまったこともあったようです。

目の不自由な方には失礼かもしれないのですが、その訳を聞くと、
「鏡を見て、自分の顔がこんなにシワクチャであったと初めて気づいた」、
と言われたそうです。



友人は、「見えない」のも困るが、「見えすぎる」のもどうなのかと、
考えてしまったそうです。



私も、日常メガネをしていないと良く見えないのですが、
それでも家の中のゴミなどに気付かないことが良くあります。


掃除機を使ったあと、吸い取ったゴミの量をみて、自分の家にはこんなにも
ゴミがあったのかと思わされることもしばしばです。



しかし、考えてみると、ゴミの話に限らず私たちの日常にも、
「見なければならないもの」を見過ごしていることが沢山あるような気がします。



見えないときには、気にも留めないのですが、気づいて初めて
大事だと思わされることがあるのです。



一方では、「見えないから仕方がない」と自己弁護できるときと、
「見えても見えなかったふり」をするときもありますので、
わが身の卑しさに愕然とすることもあります。



この、「見える、見えない」は物を見ることに限らないようです。




問題となっている、東京都の「豊洲盛土問題」、「東京オリンピック費用」
問題を見ても、見なければならなかった問題が、「見なかったのか」、
「見えなかったのか」分かりませんが、いずれ責任など組織の在り様も含めて、
「見ようとしなかったツケ」が来たように思うのです。



キチンと「物事を見なかった」、「見極めなかった」ということだろうと思います。



ましてや、話題の地方議員の「政治活動費」においては、見えても
「見えないことにしていた」と言われても仕方のないことのようです。




考えてみると、そういう私も、政治の世界で多少問題がある人でも、
私個人の頼みを聞いてくれる人を応援したくなります。



例え、一般的には受け入れられないとされる人物であっても、
私個人の頼みを聞いてくれるのであれば大義は他所に、再度当選させようとします。




自分だけのためを見て応援しているのですから、決して世の中全体を見ての
選択をしているのではないのです。



いわば、公益より私益に心を動かされていることになります。




時々、これではいけないと思うのですが、弱気な自分に負けることがあります。



例え小さなことであっても、「キチンと物事を見て」判断することで、
社会貢献しなければとつくづく考えさせられている昨今です。





最後までお読みいただきありがとうございました







| セルフマネジメント | 17:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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