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想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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「今日のいっぷく」=日曜版




OSPブログ(候補者の評価)  2016/7/31



ある友人が、突然「何をどう見たらいいのか、分からなくなってきた」、
と言うので、訳を聞いたのです。


アメリカの大統領選に始まり、東京都知事選、参議院選といわば悩ましいと
される選挙の話なのです。


要は人を選ぶための情報が偏りすぎることもあり、判断が鈍ると言うのです。


情報は、日々新聞やTVで報じられていますので、各候補者の政策など、
ある程度の事実は知りえるのですが、その力量や人となりの視点では、
いつも同じ評論家の意見を掲載したり、同じコメンテーターの話では、
適切な論かどうか不安になるというのです。




そのとき、もう一人の友人が言うのです。


「メディア、特にTVでは、いつも同じ人間が評論している。したがって、
その人の意見を聞いて物事を推論しやすい。

他の人の話を聞く機会がないと、自分としても何をどう考えたらいいのか
判断に迷いが生じることもある。


これは大きな問題でもある。


ただ流されていくことにもなりやすく、大衆の怖さがここにある

初めはヒットラーさえも国民の支持を得ていたことを考えると、私たちも適切な
判断をするための見識を持たなければならない」と言うのです。


そして、「客観的に適切な判断」を得るためには、ネット情報も馬鹿には出来ない。


確かにネットでは、参考にならないものもたくさんあるが、多くの人の意見を
知ることは出来る。

少なくても、客観性の一助にはなるかもしれない」というのです。




なるほど、結局は、受け止める方の見識に委ねられているのだと
言われたように思います。


考えてみると、最近の選挙の場合、話の根拠が不十分なうえに、
勢いや感性に訴える候補者が増えてきているように感じるのは私だけ
でしょうか。




残念なのは、アメリカ大統領の選挙でも、東京都知事選を見ても、最近は
ライバルの誹謗中傷が多く、いかにも国民は、それで判断していると
言われているような気がして、違和感を持つこともあります。




すべてに優れた、完璧な人などいるわけがないことは誰でも知っています。

金の問題、スキャンダルなども含めて、政治に一番必要な要素を見極めながら、
その能力の有無で、判断できる基準をそれぞれ設定しておくことが大事なような
気がしています。




人の判断、事象の判断など、いつも私たちは「適切な判断」を求められています。


この際、候補者の見極めを、判断のトレーニングとすることでは立候補者に
無礼でしょうか。




大学時代の試験は、80点以上が「優」でした。
私の物事判断は、せめて「良の上、70点」、を合格ラインにしようかと
思っているところです。





最後までお読みいただきありがとうございました。





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「今日のいっぷく」日曜版



OSPブログ235号(人を侮ってはいけない)      2016/7/24



先日、若い友人たちと酒席の場を持つことが出来ました。


若いと言っても50代の男性たちだったのですが、
今度も良い話を聞くことが出来ました。感謝です。



今、高校野球が甲子園出場をかけて、各地区で予選をしています。

友人たちもそれぞれ、期待を込めながら、母校の現状分析をします。

対戦する相手校の力量も測りながら勝敗を予想していくのです。

それを聞いていると、プロ野球の解説者の解説と大差ないと思えたりして、
野球は誰でも解説できるスポーツなのかと、無礼なことも考えてしまいます。



その友人の一人に、10年以上スポ少野球の監督をされている人がいたのです。

その友人が、高校野球もいいけど、子供たちの野球からも随分学ばされることが
あるというのです。



スポ少野球部も、春に入部してくる子供たちが多いそうですが、
当然ながらその時までの野球との関わりに差もあるなどして、
力量はマチマチだというのです。


したがって、上手な子もいれば、もう少しの子供もいるというのです。

以前から経験豊富な子供は、実戦向きとしてすぐ使えるのですが、
あまり熱心に関わらなかった子供には、一から教えていかなければ
ならないそうです。

そんな時、上手な子供は下手な子の失策に怒ってみたり、罵倒してみたり、
上から目線で責めるなどをする子もいるというのです。



そんな様子を下手な子の親御さんが見て、みんなに迷惑をかけてはいけないと、
やめさせようとすることもあるそうです。



その時、友人は、その子の親に、「もう少し見ていてください」と
お願いするそうです。



友人には、そのように指導する裏付けがあったのです



春には下手だった子が、秋口には上手な子に匹敵するぐらいになることを、
幾度も経験しているというのです。

戦力にならないとレッテル貼られていた子供が、秋の大会には、
ヒットを打ったり、美技をするなど活躍することはいくらでもあるというのです。


それを見た親御さんの多くは、涙を流すそうです。
自分もうれしくなるというのです。



昨年も、春には一番下手だと言われていた子が、スクイズバントを決めて
チームが勝利したとき、自分自身、目頭が熱くなったと目を潤ませるのです。



「人は分からない」、彼は言うのです。



翌日の朝、TVである高校の野球部を取り上げていました。

1年生でホームランを量産する4番打者を大きく報道しているのです。

その時、3年生のキャプテンに、「1年生4番打者に何かアドヴァイスを
していますか?」、とキャスターが質問したのです。

キャプテンの力量はその強打者には及ばないのですが、
答えた言葉が大変印象的でした。


「自分はキャプテンとして、下級生に背中を見せたいと思っている。
1年生には、「常に謙虚であれ」といっているというのです。




優れた人格形成を高校3年生が実施しているのです。



確かに、プロ野球にようやく入団できた選手が、鳴り物入りの選手を凌ぐことは
いくらでもあることを見ると、元をただせば、
優れた指導者の力が大きいと気付かされます。



いずれ、「人を侮ってはいけない!」。そう思わされた話でした。





最後までお読みいただきありがとうございました。





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「今日のいっぷく」=日曜版



OSPブログ234号(植物はウソをつかない)        2016/7/17



先日、友人が、「植物はいいねえ、嘘はつかない!」、というので理由を
聞いてみました。


彼も私と同じく、既にリタイヤされ、一日の時間は全て自分の思うがままです。


早寝早起きを励行し、運動も一日のスケジュールにキチンと組み込んで
おられますので、心身の自己管理も徹底されているようです。


その友人は、趣味もあれこれ多彩にお持ちですが、
家庭菜園もその一つのようです。


200坪以上の畑ですので、なかなか管理も大変だということでした。


それでも、収穫した新鮮な野菜は、労力と愛情を注いだ成果ですので、
鮮度だけでなく、おいしさも、格別なようです。


彼は、云うのです。
若い時は、短時間で管理出来た菜園も、年齢を重ねるごとに多くの時間を
必要としてくる。

したがって、一日のスケジュールでは手抜きのものも出てくる。


でも、植物は、手をかければかけるほど、良いものを作ろうと応えてくれる。

したがって時間が多くかかるようになっても、手抜きはしないことにしている。


昨日、バラの葉が落ち気味だったので、もう少し管理をキチンとする必要を感じた。


バラも、手をかけた分だけ、良い花を咲かせて、応えようとする。



野菜にしてもそうだ。手をかけただけの応え方をしてくれる。
人はきれいな花や、言い実をつける植物を当たり前のこととだと思いやすい。


太陽の光、水の補給、肥料の与え方、害虫処理、除草、土壌管理など
植物にも大変な管理作業が必要になる。

この手間暇を惜しんでは、良い花も咲かないし、良い実もつけない。


だから、一日に、何度も畑に行っては不備なところがないか見回りを
することにしている。


それぞれの管理にも、日光の与えすぎ、水の与えすぎ、肥料の与えすぎなど、
すべてに与えればいいわけでもない。

タイミングや、植物の様子を見ては手をかけてやる必要もある。


害虫でも種類によって薬が違う。

アブラムシからアリの巣まで良く対処して
やらなければならない。

野菜にしてもいい実をつけてもらうために、病気予防薬の選別や枝処理が
必要になる。

余分な枝を切り取らないと、いい実をつけてくれない。



たとえ、庭に張った芝生であっても同じこと。

夜にはミミズが糞をする。そこが盛り上がってはきれいな芝生に支障をきたす。


そんなに苦労しても、植物に手をかけようとするのは、きれいな花や植物を
愛でたいだけではない。

植物は手をかけただけ応えてくれるから、労を惜しみたいと思わないのだ。

決して、嘘はつかない!

そういうのです。


なるほど、ただ農家の方が作った野菜などを、高いの安いのと言いながら、
スーパーから買い求めてくる私も、農家の方々に感謝しなければと
思わされたのですが、最後の友人の言葉は強烈です。



「人間はうそをつく!いくら手をかけても応えようとしない、
応えない人が多い。 どうしたらいいのかねえ」。       


 ~どなたか、答えを教えてください!~





最後まで、お読みいただきありがとうございました。





| 信頼構築 | 16:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」日曜版




OSPブログ233号(排他性とバランス)     2016/7/10



世界でも、国内でも、周囲でも、最近、殺伐とした事件が起こっています。


バングラディシュのダッカでは、「イスラム国」によるテロにより、日本人が7人も
殺害されました。
さらにこれからも、日本人は標的にされるだろうと報道されています。


アメリカテキサス州ダラスでは、警官が5人死亡するという、銃撃事件が
起きています。
無防備の黒人を警官が射殺したことによる、報復のようです。


にもかかわらず、国内では、海外旅行にどれほどの危険があるかは、
受け止め方に個人差もあるようで、あまり身近に感じていない方もいるのでしょうか。


ダッカのテロは宗教に、アメリカの事件は人種差別に起因していると言われます。


結局は、自分に同調しない他者は、「排除」するという論理を強行しよう
としているようですが、イギリスでは、イラクとの戦争には正当性に
疑問を呈した、第三者による検証が報告されています。

7年間かけたこの検証報告書では、ブッシュ元アメリカ大統領に正しい判断も
なく追随したとして、当時のブレア首相を、戦争裁判にかけようとしての運動にも
、発展しそうな気配です。


本来、日本には、事を処理するのを「玉虫色」、といって、対立する双方が
折れ合って、一致点を見いだす妥協処理を得意としていたのですが、
ここ最近、「妥協」ではなく「迎合色」が強くなり、適切な落としどころでない
決着が多くなってきたように思うのは、私だけでしょうか。


「迎合」は、権力者に追随する場合が多く、妥協とは少し違うような気がしています。


世界でも、日本でも、周辺でも、個人でも排他の原理は、当然にも戦いの
様相を創出することになります。



どの分野でも、やはりバランスが大事なように思うのです。

お互いを認め合わなければ、たとえ国家間でも争いの種は尽きない
と思うのです。


何故なら、究極にはそれぞれの「欲」を通そうとする「非理性」
での行動を優先させるからです。



例えば、エリアの大小に限らず、政治や、組織などにおいても、
人々は、この排他性を持ち込もうとします。



大人の「いじめ」さえ問題になるのです。
こんな事象でさえ、「排他的思考」がはびこるのです。
そんな大人社会を垣間見る子供たちに、「いじめ」はよくないことだ
と諭そうとする大人を、どう見ているのか心配になります。



国内での殺人事件が後を絶ちません。
子供の時からの競争や比較はそろそろ卒業にして、相手を受け入れる度量の
トレーニングで、民度を上げていく時期かもしれないのです。



人の心にはバランスが大事だと言われます。世界でも、国家間でも、
地域でも、個人でも、究極は、身体、頭、心のバランスで調和することが、
もっとも大事だということかもしれません。





最後まで、お読みいただきありがとうございました。





| 時事問題 | 17:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」日曜版




OSPブログ232号(ばい菌)    2016/7/3



梅雨の合間にも晴れた日があります。
子供たちに、ピクニックや遊園地などに連れて行ってほしいとせがまれる
お父さん、お母さんもおられると思います。


その時、家族の定番として、おにぎりなど弁当を作られるお母さんも
おられると思います。



最近、幼稚園、学校、病院に至るまで、衛生管理が行き届き、手洗い、うがい、
など徹底した衛生管理が実行されています。


お弁当を作られるお母さんは、弁当のほかに衛生管理上、殺菌作用を具備した、
ぬれタオル、ウェットテッシュなども用意されるに違いありません。



私の子供のころ、地面に落とした食べ物でも、口でフーフーしたり、洋服で汚れを
取っては口にしていた時と大違いです。
世の中は変わりました。



それに、今は、潔癖症とか神経質とか言うそうですが、みんなで食べる鍋料理
でさえ、箸は入れないとする人もおられるようで、衛生管理もここまで来たのかと
思ってしまいます。



先日、回転ずしに行ったのです。職人さんが、薄手のビニールでしょうか、
手袋をしてすしを握っているのです。


すし屋の職人さんが、素手で握るのが、「にぎり」だと思っていた私は、
驚いたのですが、これも、衛生管理上の着用だということのようです。



すしやさんだけではありません。
スーパーのお惣菜を作っている方、弁当屋さんなども手袋をして作っているのです。


素手と手袋とで、すしの味に違いがあるかどうかは分かりませんが、
ここまで菌を寄せ付けない日常だからこそ、平均寿命も延びるのかと、
関係ないことにまで脳が泳ぐのです。



もっとも、食べ物は、特に暑くなると、注意をしないと保健所のお世話になることも
ある飲食店などは、作り手が、手に傷を負うことさえ許されません。



でも、高級なお寿司屋さんでは、職人さんが素手ですしを握っています。


また、よくテレビのCMで、蕎麦やうどんを素手で作っている映像もあります。
衛生管理に思いの強い方には、手の汚れも一緒にこねて作っているように
見えてしまうのでしょうか。



とはいえ、そういう私も、最近素手で作られているだろう、食品を敬遠して
いますので、慣れとは恐ろしいものと思っています。


手袋使用の発端は、「ばい菌」から身を守るためとされているようですが、
「ばい菌」とは、カビや細菌などの有害な微生物の略称(広辞苑)だそうです。


転じて、「社会のばい菌」、などの言葉もありますので、ばい菌というのは
嫌われもののようです。



ただ、やはり鈍感な私で、しかも不謹慎かもしれませんが、社会のばい菌も含めて、
「害の程度」によっては、「打たれ強い身体と心」を鍛えるために、ばい菌の存在に
意味を持たせようとすることもありますので、自分が分からなくもなります。



もっとも、せめて、自分が「社会のばい菌」にならないよう、
留意しなければとは思っています。





最後までお読みいただきありがとうございました





| セルフマネジメント | 18:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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