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想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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「今日のいっぷく」 日曜版




OSPブログ190号 (長岡の慰霊花火)       2015/8/30



今年の暑い夏もようやく通り過ぎようとしております。

8月はお盆行事と合わせ日本国中お祭りや花火が盛んに開催されます。

特に花火師の方々の研究で色も形も年々芸術性を進化させながらの

花火大会は私たちを大いに楽しませてくれています。





特に、秋田県の大曲の全国花火競技大会、茨城県の土浦全国花火大会、

新潟長岡まつり大花火大会が、「全国三大花火大会

として有名なようです。




私は大曲花火大会しか見たことがありませんが、現地で見る花火は

お腹に響く「ドドーン」と言う音や、そのスケールの大きさは圧巻です。




この時期、国内では大小に関わらず無数の花火大会が開催され、

老若男女を問わず多くの人たちに感動を与えてくれることに感謝

したいと思います。




先日たまたま、NHKテレビで長岡の大花火大会をハワイで打ち上げた

ことを放映しているのを見ました。




長岡と言えば8月1日の長岡まつりに伴い、2日・3日の大花火大会が

有名なようですが、この「祭りと花火大会」の開催された発端が、

先の戦争の空襲で亡くなられた方々への慰霊の念や

長岡再興に尽力された先人への感謝、恒久平和の願いを込めた

まつり・花火大会として敗戦の翌年から開催されてきたことを

私は初めて知ったのです。





その長岡の花火を今年ハワイで打ち上げられたことを報道している

のですが、ハワイは日本軍が真珠湾攻撃した舞台です。




ハワイにもその時空襲で亡くなられた方々も多くおられ、

その子孫の方々も長岡花火を打ち上げることに拒否反応を示された

方も多かったようです。





戦後70年の節目と言われ平和に関しての意識が高揚している国内ですが、

広島・長崎に限らず、各地の爆撃や沖縄の地上戦での犠牲を考えると

複雑な思いになる私たちと同じように、ハワイの方々にも

日本に対する複雑な感情を持たれている方も多いということだと思います。





ましてや、日本人には「やってみせ、言って聞かせてさせてみて、

誉めてやらねば人は動かじ」と言う名言を残したとはいえ、

「真珠湾攻撃への関わりが深い連合艦隊司令長官の山本五十六氏の

出身地が長岡だとすると、なお躊躇したのかもしれません。





長岡の花火は芸術性も高くスケールの大きな花火で構成されて

いるようですが、「復興祈願花火フェニックス」と言われているように、

歴史とコンセプトが明確であることがなお人々の心に深い感動となっ

ているもう一つの要因があるのではないかと思えます。





70年前の8月1日、闇の空におびただしい数のB29大型爆撃機が

市街地を爆撃し、言い尽くしがたい悲しみと憤りに震えた人々のために、

この祭りと花火の開催で長岡市民は心を慰められ、励まされ,まちの

復興に臨んできたというのです。





今回のハワイでの花火打ち上げは、お互いに戦争の

不幸せを乗り越えて、平和を求めることに意義のあることとして、

戦死者の慰霊の意味を共有して


開催を受け入れてくれたようです。




日本・米国を問わず、実現に向けて奔走された方々に

敬意を表したいものです。





長岡まつりには、市内の寺院も空襲の時刻に一斉に鐘を

鳴らしたり、全国でも珍しい尺玉白一色を3発打ち上げて,

慰霊の花火打ち上げでお祈りしているということのようですので


来年は是非足を運んで、その「大きな意義」をも実感したいと

思っているところです。





最後までお読みいただきありがとうございました









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| 信頼構築 | 14:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」日曜版




OSPブログ189号(おいしさの飽くなき追及)          2015/8/23



生きるの死ぬのと考える機会であったお盆の行事も終わり、

日常生活に戻りました。





墓参りの風習は地域で特色があるようですが、

私の地域は昔からお墓にはご先祖様がお好きだったと思われる、

食べ物を供えながら手を合わせていました。




今でも食べ物を供えてはいるのですが、カラスがその食べ物を

狙って集まり、遂には散らかし放題にすることから、

墓を去る時は供え物を持ち帰る風習となっているのが昔と

少し違います。




いずれ、お盆には離れ離れで暮らしている、家族や親戚が集まる

機会でもあることから、各家庭でおいしい料理を作っては

「おもてなし」する風習が未だに残っているようです。





しかし、お盆や正月に「特別な料理」を作っていた時代とは違い、

今はいつでもどんな料理も食することができる世の中ですので、

料理に特別と位置づけるのは「各家庭の料理」と言うことに

なるのかもしれません。





最近は日々配布されるチラシや情報誌、TV番組に至るまで、

グルメグルメのオンパレードです。




人々はよりおいしいものを追究しているということでしょうか。





「グルメ」とは「食通」のことを言うと辞書にはありますが、

同時に「食通」とは料理の味や知識について詳しいことをいうとされています。





飲食店の数だけ料理もありますし、人々の「味覚」も更にさらにと飽くなき

探求を続けていることで、提供する方の競争も熾烈であるようです。





最近思うのです。おいしい料理を作るには、上等な素材が必要だとされて

います。




したがって、果物や野菜の類まで「糖度」を重んじて「品種改良」

されているようです。




スイカ、メロン、トマト、トウモロコシなどその糖度は年を追うごとに

高い数値を目指しているようです。




もとより、私などもおいしいものを食べると「幸せ気分」になりますので、

ありがたい話ではあるのですが、昔食べたトマトやキュウリが

おいしかったと思い起こすのは「郷愁」ということになるのでしょうか。




生産者にとっては売れるものを作り、生活確保を図りたいと思うのは

当然のことでありますので私があれこれ言うことではないかもしれません。





ただ、昔食べたものが品種改良で今は「生産されていないか、少ない生産量」

になっているものがあることに一抹の寂しさを感じます。




たとえば、「リンゴ」を見てみると、品種改良も重ねられ「糖度の高いリンゴ」

を多く生産しているようです。




昔から、「紅玉」と言われるリンゴがあります。日持ちしないのですが、

何とも甘酸っぱいリンゴでおいしいのです。




最近はジャムなどを作るのに最適だと言われているようです。

何とも捨てがたい酸味の「紅玉」を見ると、生産量を減らしても、

生産中止にすることだけは避けてほしいと思ったりします。




食べ方によっては貴重なものになるかもしれないと思うと、

「他の素材」の場合も含め、簡単に生産中止の結論は出さないで

ほしいと思うのは私の我儘なのでしょうか。





しかし、勿論同列では論じられないのですが、戦後文化として貴重であった

建物を何の躊躇もなくコンクリートに変えてしまったことなども含め、

様々な分野で言えることですが、「失ってから失敗を悔いる」

ことだけは避けたいと思うのです。





最後までお読みいただきありがとうございました





| セルフマネジメント | 15:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」 日曜版




OSPブログ188号(日本人の寿命)         2015/8/16



2014年の日本人の平均寿命は男80.50歳、女86.83歳でいずれも

過去最高を更新したようです。


2013年に比べると女性は0.22歳、男性は0.29歳延びたそうです。

厚労省は、医療の進歩が反映されていると考えているようで、

「平均寿命は今後も伸びる可能性がある」と指摘しております。





少し前のサラリーマンの定年は60歳でありましたが、

日本人の寿命が延びており、従って人口減少や社会保障への

対応に増加傾向にある国家予算は風前の灯とも言われます。




そこで労働条件に再雇用任用を採用して65歳まで働ける政策を

立案したり、最近では65歳以上の新規加入も含めた雇用保険制度の

見直しに着手するなど国家予算のやりくりに四苦八苦のようです。





いまや、長寿は各自にトータルプランをどう構築すべきかの

命題を問いかけています。





したがって、個々人のライフプランの構築とそれをサポートする国策とが

キチンとリンクすることで長寿を迎えての公私の課題を解くカギに

しようとしているようです。





ところが、国家予算も緊縮財政を余儀なくされている現状でありながら、

利権や地域エゴに終始した国民の要望も多く、結果的には選挙のため

だけを活動としている政治家たちを多く育てている現実をどう理解

したらいいか思い悩む方も多いように思えます。





1740年ごろ米沢藩主の上杉鷹山が当時財政再建に

着手していたことを以前記しましたが、


当時と今との具体的内容の違いはともかく、「財政再建」という課題は

今と何も変わっていないようです。




そう考えると、人間もさして進歩していないのかということでしょうか。




渡辺淳一氏の「手書き作家の本音」という本の中で、

「人間、この進歩しないもの」という項に、なるほどと思わされる

ことが書かれています





「幸か不幸か、人間の英知とか博愛と言ったものは、

先人の業績に積み重ねることができず、一代限りで終わる」。




「科学文明は進歩するが、人の精神面はほとんど進歩しない」、

と記されています。




生まれてきた子は江戸時代も室町時代も、縄文時代までさかのぼっても、

ほぼ同じ精神経過で育っていく、というのです。





わが身を顧みると全く合点がいくのです。


高齢になると様々の経験を踏まえ、失敗したことを悔いることが

多いのですが、もし過去の自分に戻れたら自分にアドバイス

したいことは沢山あることで納得できるのです。





若い時の自分は、人からのアドバイスを謙虚に受け入れて

いなかったように思います。





日常の業務や常識とされる事柄に、何かで学んだ知識を切り売りして

いたことが恥ずかしくなります。




理論だけを人に伝えようとしても、人の心に響かせるのは難しいことに、

今ようやく気付いているのです。




長寿社会では定年後多くの時間が残されています。




結局は過去の自分にアドバイスできるのは自分だけと思うと、


せめて残る時間での啓発に自己認識を高め、同時に先人の論を


よく吟味することで少しでも前に進めないかと念じてしまうのです。





最後までお読みいただきありがとうございました。





| セルフマネジメント | 20:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」 日曜版




OSPブログ187号 (奥様在宅ストレス症候群)      2015/8/9





サラリーマンが定年後家に閉じこもってしまい、これまで在宅で自由で、

あった妻がご主人の3度の食事の世話や、座ったら動かないという掃除の

お邪魔虫になったり、やれ、お茶、新聞などと用事を頼まれることで、

遂にはストレスが貯まり時には鬱になったりして、「主人在宅症候群」

という症状になる方々がおられるとこのブログに書いたことがあります。





先日友人たちと酒席の場でその逆の話で少し盛り上がりました。


「今はその反対だよ!」という友人からスタートです。




奥様の方が強くて、あれこれ指示命令されるのは男の方で、

むしろ箸の上げ下ろしまで注文を付けられたりして、毎日叱られる恐怖で

おどおどしながら日々暮らしているというのです。




そこでできれば、奥様にはときどきどこかへ遊びに行ってもらい

一人になりたいと思うことがある、というのです。





もう稼ぎ手でもなくなった男どもの居場所が家庭にはなくなったのか

と思ったりします。




特に、年を取って病気でもしようものなら、奥様頼りになる男たちの

不安も手伝い、威勢のいい現職の時代には戻れなくなっているのです。





これまでの家族への貢献など、定年の日の「ご苦労様でした」の一言で

一件落着だったのかと哀しくも卑屈な言葉が出てくる始末です。




確かに、妻の留守の時一人で過ごすのを至福に感じることもあります。

できれば、一晩泊りで旅行にでも行っていただき、こちらは好きなTV

でも見ながらいっぱいやるのも楽しいかもしれません。




もっとも長い期間一人にされると正直、洗濯、掃除、食事にと

いろいろ面倒もありますので身勝手は承知なのですが、

奥様の一泊二日ぐらいの旅行が男としてもストレス解消に

ベストなのではとも思えるのです。





世の中には、家事が得意な男性もおられますので、

夫婦で職務分担しながら楽しい生活をされている方々もおられます。




しかし私たちのように家事は一切せずに過ごした男たちにとって、

今そのツケを払わされている感じにもなるのです。




稼ぎ手の時は、あまり家にもおらず、したがって「亭主元気で留守がいい!」

と時間の活用などは奥様達の思いのままだったのが、

突然自由をはく奪されるのですから、リズムは狂うかもしれません。




男にとって現職の時は、上司に媚びを売って生き抜いた知恵を、

今度は猫なで声で妻に媚びを売ることに精を出すことになるのです。




そうならないように男性も、若いうちから家事をこなせるよう訓練する

ことも必要かもしれませんが、それはそれで今度は奥様が手抜きに

なるかもしれないことも覚悟する必要があるかもしれないのです。




どちらにしても、男たちはこれまでの戦いの日々を思い起こし、

今度は夫婦での戦いにシフトすることになるのです。




この問題は当然自己責任の範疇で処理しなければならないことなのですが、

毎日奥様の在宅で肩身の狭い思いをしたり、奥様に時折不在になってもらう

ことを期待するのも男としても釈然としない気持ちにもなります。





解決策がありました。




要は男は元気なうちは仕事をするか、

自分の目標に打ち込む日々を過ごすことで、

家庭を「留守がち」にすることが「奥様在宅ストレス症候群」から

脱出できるのではないかとの結論に至りました。





最後まで、お読みいただきありがとうございました。





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「今日のいっぷく」 日曜版




OSPブログ186号(心の担保)             2015/8/2



私はときどき、他人に対して勝手に大きな期待を寄せては

ストレスをため込むことがありました。





思い起こすと、子供の成績アップに過度の期待をしたり、仕事上で相手が

「阿吽の呼吸」でこちらの要求がわかってくれていると思ったり、

部下がここまではできるはずと決めつけるなど、

「勝手に過度な期待」を相手に寄せていたのです。





通常、期待通りの結果を創出できることはむしろ少ないのが

普通であると知っていても、その都度落胆したり、裏切られたと

思うなど、自分の気持ちをコントロールできずに勝手に

落ち込むことがあったのです。




しかし、よく考えると子供に期待の激を送ったり、

仲間の尽力を得られなかったり、約束したつもりが合意に至って

いなかったり、部下が期待通りに活躍できないことには

様々な原因があり、その上、自分の方がキチンと意を伝え

ていなかったり、相手に他の事情があったりすることで、

期待に応えたくてもできない事情があったかもしれないのです。




自分の身勝手な「思惑」がストレスをため込むことにも

なったように思います。





一方、相手がこちらの期待に沿える能力がない時や、

こちらの意欲に沿う気持ちがない時は、こちらがいくら

歯ぎしりしても期待通りにならないことも多いと思います。





こんな場合、先ずは、相手がどういう心情かを見定めながら、

こちらの期待が過度にならないよう留意する必要があります。




なぜなら更にその期待が大きなストレスを抱えることにもなることも

あるからです。





組織での気の弱い上司などは反抗的な部下に対して、

「なんでできないのか!」といら立つことで、

遂には「うつ病」にもなりかねないのです。





こんな事例では、お互いすべて相手が悪いと決めつける

ようになりやすく、両者の不幸の始まりにもなります。






私も幾度となく経験したことですが、年を経てようやく最近回避

できる知恵を得ています。





こんな場合、相手に過度な期待をしないことが大事です。




平穏な気持ちを維持するコツは、結果が出てから喜んだり、

感謝すればいいだけだと自らに言い聞かせる事、

ただそれだけのことだったのです。





昔から、「下駄を履くまでわからない」と言われることがあります。




囲碁将棋など勝負事は結果がはっきりわかるまで、

勝ち負けはわからないので油断してはならないとする戒めの

言葉ですが、更には「とらぬ狸の皮算用」という言葉もあります。





宝くじを買っては夢見るのは、大方の人が「当たらない」ことを

前提にしてもいると思われますが、

人が相手の時にはつい期待したくなります。




時折、相手によっては能力もあり、理解もしていながらこちらの

期待に応えようとする意欲がない場合もありますので、

世の中難しいものだということになります。





結局は「心の担保」として期待通りの結論が得られるまで、

決して期待しないことも生きる知恵かもしれないと思っています。





 最後まで、お読みいただきありがとうございました。






| セルフマネジメント | 17:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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