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想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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「今日のいっぷく」 日曜版




OSPブログ185号(不公平)             2015/7/26



「運がない!」とか「世の中不公平だ!」と、嘆かれる方がときどきおられます。



日本列島も、台風や豪雨での災害が発生する地域があるかと思うと、

猛暑日など気温の上昇で熱中症が多発する地域も増加するなど、

最近の自然の様相が従来から一変したのかと思うぐらい気象の

変化が激しいように感じます。





私の住んでいる地域は雪国ですが、ここ何年も暖かいと言われている

地域と同じくらい、夏場に熱さも30度を超える猛暑日も珍しくなく、

やはりあちこちで熱中症対策を喚起しなければならない状況となっております。





にもかかわらず、冬になると豪雪になりますので、水害の多発地帯の

方々が水害のあった時「なんて不公平な」と思われることがある

かもしれないように、雪国の人々も、豪雪の時不公平を口にす

ることもあります。





しかし、世の中「すべて良し」という地域などないのだと思うと、

自然災害も各地域公平に及んでいるのかとさえ思わされることがあります。





一方自然災害とは異なりますが、人は他人と比べることで

不公平だと思うこともあります。





たとえば、美人ともう少しの人、優れたた才能の持ち主と普通の人、

出世できる人とあと少しの人、金持ちの人と貧乏人、太っている人と

痩せている人など、格差を比較したらきりがないほどです。




もっとも、こんな場合の基準は、一般的と言われる標準値を持ち出して,

それをよりどころに各自判断を下しているのですから「不確かな基準」

ともいえます。





しかし、全知全能な人はいないと思うと、コトによっては多少人より低い

評価をされても、他のことでは自分が有利に運んでいることもあり、

「あそこは負けるけれどここは俺の勝ちだ」と思えることもある

のではないでしょうか。




世の中うまくバランスが取れているからこそ、

誰もが胸を張って生きているのではないかと思います。





昔、男女間の不公平感があったとされる、男の職場として定番で

あった建設現場やタクシー運転士などの職場に、今は女性の進出も

著しく、不公平感がなくなったというより、むしろ男性が押され

気味の職種もありそうです。





最近では役所でも、女性パワーを積極的に活用しようと、

女性起業者の発掘を目指し、国も地方も各種施策を展開しております。





男性も負けてはいません。

今は男性が美容師になるのも珍しくないばかりか、

化粧品の販売や飛行機のスチュアートなど女性の職場としての

位置づけが強かったこれまでの女性の職場と言われた世界への

進出を果たしています。





美容院やスチュアートなどは、むしろ男のため美容やサービスに余念が

ない女性たちにとって、男の方が親身になってくれると言われる女性も

いるとか聞きますので、メリットのある方が需要を喚起するのだろうと

思います。




そう考えると自然災害はともかく、日常の公平・不公平と

感ずるとき時は、人との比較ではなくどうしたら自分が幸せ

なのかを基準値として、生き方を選択することでこの迷いから

脱出できるのではないかと思えています。






最後までお読みいただきありがとうございました。








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「今日のいっぷく」  日曜版




OSPブログ184号(友、遠方より来る)    2014/7/19





先日50歳代の知人にお会いしたとき、「感動しました!」

と大変うれしそうに言われましたので、訳をお聞きしました。




地方在住の知人ですが、この9月に大学の友達二人が遊びに

来るというのです。




沖縄と北海道の友達たちで、何年かに一度は、東京や観光地で

いい季節を選んで旧交を温めているそうですが、

知人の在住地の9月は祭りの時期は終えてるし、

自然景観など観光の時期は10月と通り相場になっているのに、

9月に訪ねたいと言ってきたそうです。




年齢から察すると仕事の合間を選んで設定したのかもしれないと

思いながらも、訪ねてくれることがうれしくて理由は

聞かなかったというのです。




よほど仲のいい学生時代だったろうと容易に察することが出来ました。





ついで学生時代のことを話してくれました。

自分も友人たちも奨学金で大学を卒業されたそうです。

生活費はバイトで稼ぐという状況で、バイト料は旅行費用にという学生たちには

羨望しかなかったというのです。




そして、当時は実家に帰省するにも安い交通機関を探していたし、

財布には30円、50円しかない日もザラにあったというのです。




ようやく卒業できてここまで働いてきて今は飛行機を利用できるまでに

なったことが無性にうれしくなるそうです。




友人たちも飛行機で訪ねてくるそうで、みんなで喜び合いたいというのです。

それでも大学を目指しながらも経済的理由で断念された学生に

比べたら自分たちは幸せだったというのです。





いつも私はこの方から学ばされます。

決して自己本位にならないのです。

「与えよ、さらば与えられん」と言われるように、常に相手を思い、

相手に必要な自分は何を、どうすればいいかを先に考える人なのです。





私とは真逆のように思っています。「類は友を呼ぶ」、

これまでの長い時間かけがえのない友達でいることは、

たぶん来られる友人たちも同じ気持ちの持ち主の方々だろうと

推測できます。




その時私は気付いたのです。9月の訪問は、観光でもお祭りでもない。

ただ知人の「日常を知りたい」のではないかと思ったのです。






そして、自分たちに応援できることの有無や、

変わらぬ旧交が目的だろうと思ったのです。




観光地でなく、観光する季節でない地方都市に来られる

この友達たちの心根は、知人もたぶん十分承知だろうと思っています。




そうでなければ「感動しました!」などと私に言うはずはないと思うのです。




ただ、テレがあってなぜ自分を訪ねてくるかを口にできなかった

だけだと思うのです。




そうでなければ、満面笑みで話せることとは思えないのです。






大学を卒業して何十年も付き合いを持続できるのは、

相当な信頼関係が培われていると思うのです。気持ちがあっても、

日々の多忙や弁解を探しながら後回しにしてしまう私が恥ずかしくなります。




年賀はがきだけで疎遠になった友人たちが今も同じ気持ちで

いるかはわからないのですが、たまには勇気を出して手紙でも

出してみようかと思わされた知人の話でした。

私の気持ちは今、「ほっこり」しています。





最後までお読みいただきありがとうございました。






| 信頼構築 | 11:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」 日曜版




OSPブログ183号 (新国立競技場は道楽?)  2015/7/12



政治と宗教には踏み込まないブログにしておりますが、今回は2020年に

開催されるオリンピック・パラリンピック開催に合わせて混乱が続いている

新国立競技場の建設計画について考えてみたいと思いました。




何故ならば、個人の場合、何にどうお金を使おうが勝手ですが、

役所では公共事業には「費用対効果」を大義としている

ことと違和感を感じるからです。





何やら、「だれかの道楽の発想」ではないかと思うのは

私の心根に問題があるのでしょうか?




世の中に「道楽」「趣味」「芸術」など文化の在り様を表す言葉があります。




辞書では、「道楽」を本業以外のことに熱中して楽しむこと。

趣味として楽しむこと。酒、博打など遊興にふけることなどと、

様々な記述があります。





「趣味」とは、人間が自由時間に好んで習慣的に繰り返し行う行為、

事柄やその対象のこと(WIKIPEDIA)、=道楽、とあります。





「芸術」とは、あまり確たる定義を探せないでいますが、

「社会的価値を創造すること」とのご意見が一番わかり

やすいように思った次第です。





経済的に余裕のある個々人が、道楽、趣味、芸術など見たり、聞いたり、

手に入れたりで各自の情操を高められておられると思うのですが、

余裕のない方は、そうはいかないかもしれません。




でも芸術家の多くが貧しかった若い時期を経験していることを

聞くにつけ、文化の高揚はお金以外にも手に入れる手段があるのでは

と思わされます。





さて、著名な建築家にデザインを依頼した今度の競技場は、

いずれに属する建設物だろうかと思ったのです。




芸術に浸透されておられる方々やスポーツ愛好家に、

見識を疑われたりするかもしれませんが、

この競技場のデザインを希少なものとして位置付けていると仮定すると、

何を目指しているかが気になります。




個々人がピカソやダリに大きな価値観を感じることは自由ですし、

身近なことでは高級な茶器の焼き物や洋服・バックのブランド志向に至るまで、

人が大きな意味を感じることに他人がとやかく言うことは適当ではありません。





しかし、国立競技場など公共の建築物はいずれ朽ちていく運命にあります。

永遠の価値はないのです。




その上メンテナンスに多額の費用が必要と考えると、

その財源はだれが負担するのかと思うのです。




私は地方公務員でした。

バブルの時期に公共の施設を多く整備しました。




しかし今メンテナンスで地方自治体が四苦八苦している現状に

忸怩たる思いをしています。






今は衣服も安いものが沢山あります。

高いブランドのものでなくても着心地のいい衣服もありますし、

気に入ったものであれば安くても何年も着用していることの

経験はどなたにもあるのです。




要は道楽でも趣味でも芸術でも、手に入れる方法は

固定的でない気がします。





日本国民には、若くても貧しい人が急増しています。

社会保障費の削減で苦しむ高齢者も沢山います。




これまでのオリンピック開催国の施設よりはるかに高額な費用を

投じようとしていることの合意形成が、

いとも簡単に成立するのをどう考えていいのだろうと思います。




自分のお金を湯水のように消費できる人はともかく、

公共事業のツケをだれがどのようにして払うことになるは今後のことも踏まえ、

国民としてよく考えておく必要がありそうです。




最後までお読みいただきありがとうございました。






| 時事問題 | 16:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[今日のいっぷく」  日曜版




OSPブログ182号(スマホの功罪)         2015/7/5




オリジナルな進化を遂げた、ガラパゴス諸島の生物に例えて、

以前からの携帯電話をガラケーというそうですが、

私はまだそのガラケーのお世話になっています。





しかし、今はスマホの時代で、中年に属する方々でも、

愛用者が増えているようです。




もっとも中・高の生徒たちに関しては、学校側で規制しているところも

あるようですが、大人であっても町中でナビに頼って目的地を

探したり、ラインとか言って仲間内でコミュニケーションを

取り合っている方も多いようです。





時折報道されることがありますが、メールを見て返信しない場合に、

いじめの問題にまで発展する場合もあると聞いては、

難しい世の中になったと思うこともあります。




もっとも様々なアプリを提供しているスマホですので、

楽しみ方も多様で愛用者たちにとっては、

もはや手放せない必需品になっているようです。





多分、このスマホも魅力のあるものとして定着している現象

と思うのですが、高齢で機械に疎い私は残念ながら、

スマホにシフトする勇気をまだ持てていません。





イギリスではスマホの使用を禁じたことで学生たちの成績アップ

につながったとも言われてもいるようですが、

他に私が少し危惧していることがあります





時々、レストランや娯楽施設に行くことがあります。

そこには、家族や、友人同士、恋人同士など多数お出でになるのですが、

最近の傾向として4・5人など複数で来ていながら、現地では各自が

それぞれ勝手にスマホに夢中になってる姿を多くみかけます。





お互い無言のまま、夢中でスマホに指を走らせているのです。




時折依頼される企業や組織での職員研修で、初めに依頼される

テーマに多いのが、コミュニケーション力の向上です


いわば、会社での組織力の機能を高めるためにコミュニケーション能力を

重要視しているということのようです。




その時用意する研修のレジュメはたいてい、「聞き方、伝え方、

さらにはホウレンソウや説明力」と進んでいくことになります






コミュニケーション能力を高めるには、勿論相手の顔を見ながら、

笑顔など相手に好印象を与えながら、しかも相手に寄り添うことを

基本としてトレーニングすることになります。





人は日常、人とのかかわりで生活しているのですが、

そこでは言葉のやり取りを沢山しているにお関わらず

コミュニケーション能力が不備だという組織が多いということは、

人は日常生活でコミュニケーション能力を培っていないということに

なるのでしょうか。





レストランに複数の人で食事に来ていながら、食事しながらも同席の人と

ではなく、その場にいない人とスマホでコミュニケーションをとられて

いる方もおられるようなのです。





それならむしろ各自バラバラでカウンターに席をとってもらった方が、

複数で食事を楽しもうとされる方々への貢献にもなると思うの

ですが言いすぎでしょうか。





更には食事しながらスマホをいじっている人を見ると、

相手の感情を読み取れる折角のコミュニケーション培いの場を

無駄にしているようにも見えてしまいます。





スマホも活用の仕方について、メーカーも愛用者も、

キチンと考察すべき時期に来ているように私には思えるのですが・・。







最後までお読みいただきありがとうございました。










| コミュニケーション | 16:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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