ワン ステップ プログレス 

想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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「今日のいっぷく」  日曜版



OSPブログ177号  (足元に幸せ)             2015/5/31




少子高齢化と叫ばれて久しいのですが、とりわけ出生率低下が問題に

なっています。


しかし婚活などという言葉まで造語され、政治の分野でも人口減少の

危機感をあらわに、結婚への支援に余念がありません。




もとより、個人の問題としてのとらえ方が従来の考えですので、

時折違和感を覚える行政施策ではあるのですが、

時代の変化ととらえて、かなり踏み込む必要を感じているのでしょう。





昔と違い、今は仲人なるものの存在は薄いのですが、

それに代わるシステムも次々に出ては消えて行っているようです。




もとより男女間のことはハタが苛立っても功を奏するものではなく、

自然の流れで進むのかもしれません。





昔と今では結婚の態様も異なり、通常共稼ぎが多いように思います。




それでも、結婚に当たっては経済力にこだわる女子も多く、

それを聞いて若い男性たちも、なかなか結婚までの踏み込み

に躊躇しているようです。





夫婦の成り立ちは経済力だけの話ではないと思うのは、

私も高齢になったからかもしれません。




「金がなくても愛さえあれば・・」などという年ではありませんが、

でも多少の経済的我慢を覚悟できれば、経済力の不備を少し

は補える術もあるかもしれません。






昔、息子が小学校の時、「○○君はいいなあ。お小遣いたくさんもらえて・・」

と妻に訴えたときがあるそうです。




我が家では与えることができないゲーム機などを、持っていたというのですが、

妻は専業主婦でした。したがって安月給の私を補完して、

家で夜遅くまで内職していたのですが、それでも余裕はなかったようです。




「○○君のお母さんは外で働いてお金をもらっている。

○○君が学校から帰っても一人なのでさびしかろうとゲームを買って

あげているのだと思う。




君も学校から帰ってお母さんが不在でもいいのなら、

お母さんも外ではたらいてもいいよ。

そうするとお小遣い上げてやれるかもしれない」と妻が息子に言ったとき、




「それは嫌だ。なら、今のままでいい。僕も我慢する」といったというのです。





妻としては以来、納得の専業主婦を決め込んだ瞬間だったろうと思います。





結婚も経済力だけの話ではなく、

もっと大事なものを培うことができるように思います。





先日飲食店で、30代でしょうか、若い方々が女子会を開催されていました。

隣り合わせの私たち高齢者の存在など、気にもせず闊達な情報交換でした。





「うちの会社、いい男がいないのよ!」

ハッとする発言に高齢者たちの耳がジャンボになります。




そういえば、ウチの会社の女子職員たちも同じことを言っていた

ことを思い起こしました。




男子は男子で、「うちにはいい女がいない!」と口にするのですから、




どっちもどっちなのですが、私たちから見ると結構「いい男といい女」

がいるのに何で外ばかり見るのかと思ってしまうのです。





結婚には経済力以外に、お互い高めあう価値観を共有することも大事です

「いい男、いい女」はすぐ傍にいるかもしれないのです。



もしかして、かけがえのない「パートナーの素養」を見落としているかも

しれないのです。




「高めあえる素養」さえ合えば幸せな結婚も可能と思えるのですが・・・。




最後までお読みいただきありがとうございました。






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[今日のいっぷく」 日曜版



OSP ブログ176号  (子育てに、もう一つ)     2015/517



子育ては随分前に終えた私ですが、若い親御さんを見るにつけ、

時折昔の自分を思い起こしております。




今思うと反省しきりの私ですので、

今の子育て中の親御さんの情熱には頭が下がります。





子育ての仕方は、親や子の性格、環境など家庭によっての対応が

違うと思いますので、一概に「これがベスト」と決めつけることは

難しいと思われます。




しかし親子の心情のやり取りでどちらの親御さんも、

時折子供さんに感動させられるようです






特に、親への感謝の言葉は、時として母親を感動させることもあるようです。

特に日常生活で意識的に意思の伝達が思うに任せない親子の場合、

予期もしない子供の親への感謝の言動が、グッと胸にこたえるようです。





先日、小学生の娘の作文を見て、感動されたお母さんにお会いしました。




小学5年生のその子の作文には、「苦手な勉強も一から十まで教えてくれて、

すこし自信がつきました。私はずっとお母さんに見守られていたから、

安心します。




自分のことよりも私のことを思ってくれたお母さんのことが大好きです」

と書かれてあったというのです。




普段一切そんな風な態度や言葉を発しないお子さんのようですので、

わが子の成長に余計感動されたようです。





また、もう一人のお母さんも、中学の娘さんが部活で忙しさのあまり母の日を

すっかり忘れていて、何にもお母さんにしてあげられなかったと泣くのを見て

子供の心情に言葉が出なかったと言います。




いい親子関係を構築されていると推測できます。




どちらの家庭でも、大なり小なりこんなドラマが日々繰り広げられている

のだと思うのですが、ともすれば忘れがちなこの一瞬はぜひとも記憶に

とどめておく工夫があってもいいように思います。





一方、スーパーで買い物されたご婦人のお話を聴きました。




スーパーで買い物しているとき、私も時折見かける風景ですが、

子供をカートに乗せながら買い物をされているお母さんたちが

おられます。




ただ、座っているだけでは大した問題にもならないのですが、

あれこれ子供が商品に触ろうとカートの上で動き回るときがあります。




不安定になりますので店員が思い余って、「僕、危ないよ!」

と声をかけたら、「ほら叱られた!」と

母親が子供に言ったというのです




店員は叱ったのではなく、母親への対応を示唆したつもりであったらしく、

母親の「しかられた?」との言葉に納得できない顔だったというのです。

「叱れない親」がときどき話題になります。




子育てにはむずかしさがあります。親子の情愛を育むだけでなく、

子供が他人や社会へ感謝することも子育ての一環のように思います。




もし子供さんが周囲や社会に貢献したことを発見したとき、

親御さんはたくさん褒めてあげることが大事なように思います





親子の培いだけでなく、子供の社会人としての人格形成に

大きな素養を備えさせる素晴らしいチャンスになるのではないかと思うのです。





最後までお読みいただきありがとうございました。





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[今日のいっぷく]  日曜版



OSPブログ175号 (敬遠)              2015/5/10



私はプロ野球のファンです。先日TVで試合を見ていたのですが、

試合半ばに、ランナー2.3塁、強打者登場の場面がありました。




当然ファンは期待感で大いに盛り上がります。

しかしバッテリーが何やらこそこそ打ち合わせした後、

ベンチの指示もあり、一塁が空いていましたので、

敬遠の措置を取ったのです。ファンはブーイングです。





しかしこれも戦略とばかり、バッテリー(投手と捕手)は涼しい顔です。

次のバッターがピッチャーだとすると当たり前のように敬遠作業に入ります。

でも、敬遠した後の打者に痛打を浴びるときもあります。




確率の問題として敬遠するのでしょうが、これがピッチャーに打たれた

ときは穏やかではありません。


決して打たれないことが前提なのですから・・。




野球では「敬遠」が毎度見られる光景ですので、

ブーイングのファンも贔屓のチームの時も同じ戦略をとることから、

おおらかに見守る姿勢も併せ持っています。





これが、野球だから大した問題とはならないかもしれませんが、

ビジネスにおいても、何か困難な場面に遭遇したとき、

「君子危うきに近寄らず」とばかりに相手が人であろうと、

事態であろうと「敬遠」の措置をとることも大いにあるように思います。





リスクが少ないほうを選択するのは、マネジメントとして適当

なのかもしれませんが、

問題はこの「敬遠」も「クセ」になるのは

要注意のように思います。





改正、改革、革新など勇ましい掛け声があっても、

「もしかしたら・・」とリスクだけが念頭にある場合、

「チャレンジ!チャレンジ!」の声も上の空になりかねません。





この「敬遠クセ」が組織風土になっているときは対策が

必要になりそうです。






解決策としては、「どこまでの失敗なら、責められない」という担保があれば

乗り越えられるかもしれません。

「敬遠」して、ピッチャーに打たれるようでは、その投手は論外ですが、

次の強打者に打たれたときは、許容範囲だと監督は思うのかもしれません。




野球もビジネスもこのボーダーラインの共有が大事なような気がします。

これまで、長く生きてきた私ですが、最近少しわかりかけてきたことがあります。




大したことでないことから逃げたり、臆病になって敬遠したとしても、

時間がたつと結局大した問題ではないことに気付いたりします。



その時は大層に身構えても、振り返るとむしろ「敬遠」がマイナスであった

と思うことも多いのです。




言えることは安易に敬遠することなく、真正面から受け止める姿勢で

相対することが自分の培いになると合点がいくことも多いのです。





「私が後悔することは、しなかったことであり、出来なかったことではない!」

と言われたイングリットバーグマンの言葉は、高齢を迎えた私にはズシンと重みを感じます。





このちょっとしたことが、後日、人の器としての大小に大きくかかわってきそうです。





チャレンジは人を前に導きます。その時は失敗したと思うことも、

長い人生ではむしろ大きな財産になることもあるかもしれません。

「敬遠クセ」では刺激にもなりません。




「知識は蓄積ですが、思考は開発」です。




人は皆、日々研鑽しています。

「デズニーランドはいつまでも未完成である」と言われた、ウオルト・デズニーも、

「人間は死ぬまで発展途上」と言いたいのではないかと思っています。




最後までお読みいただきありがとうございました。





| セルフマネジメント | 17:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[今日のいっぷく]  日曜版



OSPブログ174号 (健康貯金)           2015/5/3



健全な生活を確保するためには、経済、健康、環境などライフバランス

として欠かせない要素があると指摘される方々がいます。





なかでも「健康」は重要とされています。当然です。

健康はどこにも売っていませんし、どこからも貸してもらえません。
 




人は生活維持のため働くことに一生懸命です。

しかし、それだけでは健康を維持できないことも知っています。




ライフバランスは、「身も心も安定した日々」を送るため、

必要な要素を提示しているのですが、もちろんこの項目だけで

推し量れるほど人の心身は単純にできてはいません。




ただ、何をどうするにも、心身の十分な機能がなければ、

最後には心まで蝕む可能性があることだけは


だれにもわかっていることです。 




たとえば、お金に関しては日々の暮らしの即戦力とも云うべき

ものですので、もっとも重要視します。




でも頭では理解していても、健康に関しては時折、お金より後の

優先順位にされておられる方もいます。




事実、少しばかりの体の変調に関しては、そのうち良くなるだろうとか、

後で医者に行こうとかいいながら当面する仕事に没頭し、

体には我慢させている方も多いのです。




これは目先の対処と長期の対処に似ています。

目先のものはその場しのぎで乗り越えられても、

長期のものは放置しておくと、

ボクシングのボディブローのようにじわじわ決定的に効いてくるのです。





これは、ライフバランスの何を第一義と考えているかの

問題になりますが、事情によって個々人異なるというこ

とだろうと思います。




経済性を優先したり、人の信頼を優先するなど、

必ずしも健康を第一義とできない瞬間もあろうかとも思いますが、

世にはワーカーホリックという病気もあります。

行き過ぎだけには注意をしたほうがよさそうです。






私は、太極拳を初めて30年を超えております。

太極拳の動きの中で、何がどう体にいいかは多くの書物に記されています。

しかし、何事にも言えるのですが、これがあれば

すべてが賄えるなどの神話はないと思っています。





あるとき、「健康は貯金出来ないものでしょうか」と質問された

方がおられます





その時私は「健康の貯金は現実的ではありません。

ただ、貯金は出来なくても減らさない工夫はあるかもしれません」

と答えたのですが、それは健康を維持するための努力が

あってのことと付け加えたかったのです。





しかし、体を鍛えておられるスポーツ選手が健康とは限りません。

大変なお金持ちであっても「残念ながら」といわれる事態は日常茶飯事です。




勿論、ジムでのプールや走り込み、日々のマラソンに散歩など、

日ごろの鍛練の効果はあると思います。




ただ、それより人間には予期できない疾病もあるということを知る

必要があります。




特に体への大きな影響に「心の病」があります。

これは、体を蝕みます。




でも「心の鍛練」は「健康を勝ち取る」大きな武器だと思えるのです。

 せめてこれを「健康貯金」とすることの提案はどうでしょうか?





最後までお読みいただきありがとうございました。 





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