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想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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[ 今日のいっぷく] 日曜版




OSPブログ169号(マスクの効用)         2015/3/29



今年の冬も各地でインフルエンザが流行しました。

どなたもが予防の対策に余念はないのですが、

不幸にして学校なども休校措置を取らざるを得ない事態も生じたようです。




最近災害等においての危機管理の問題が取りざたされるのですが、

このインフルエンザも特に高齢者にとっては命取りともなりますので、

高齢者対象の施設では特に注意を徹底しているようです。





体調がすぐれないとき病院を訪ねるのですが、インフルエンザ流行の時、

院内感染になることもあると聞くと病院に行くべきか、

自宅療養に徹するべきかの選択に迷う時もあります。





インフルエンザが蔓延してくると、日本人の多くがマスクを

着用し始めます。





残念にもインフルエンザになった人は「人に移さないため」、

未だ大丈夫の人でも「予防のため」などと言っては着用します。




マスクの効果がどれほどのものか私には判りませんが、

それなりの効果があるからだろうと思います。





お隣の中国ではインフルエンザだけではなく、

黄砂やスモッグの対策として着用する姿が

TVで放映されます。

環境問題にも一役買っているマスクということにもなります。





日本ではいまの季節、マスクはサングラスとともに花粉症防止の

必需品
となっているようです。




インフルエンザからこの季節まで、まだまだマスクは手放せないようです。





このマスクやサングラスなどに、他の意味を持たせて着用している

人もおられるようです





顔を知られている有名人だけでなく例え一般人であっても、

人に判別されないようにと、私的生活行動の時に、

活用している方もおられます。





従来から、銀行のATMや何かの犯罪にかかわった人の定番のように、

マスクやサングラスを着用している姿を監視カメラで写され報道されますが、

総じて帽子やフード付きトレーナーも必需品としているようで、

見る人は複雑な気持ちになります。




確かにマスクを着用すると、自分が誰かを他人は判別できない

だろうとの錯覚に陥りますし


また目出し帽などにおいては更にそんな気持ちを増幅させるようです。





しかし、世界には70億を超える人間の数が生存していて、

しかも決して同じ顔や姿の人が二人といないことを思うと

神様も大変な能力をお持ちだったと思ってしまいます。





加えて、マスクをしようが目出し帽を着用しようが、

結局どこの誰かを特定できる技術を開発した人間の能力も驚きなのですが、

従って、マスクやサングラス程度では、どなたもがその人を識別するのは、

難しい事ではないということになりそうです。





以前私も、人には分かるまいと思いながらマスクとサングラスを着用して

道を歩いていた事があります。




向こうから来る知り合いに気づかないふりをして通り過ぎようとしたとき、

「オイ!どこへ行くんだ!」と声をかけられて大失敗したことがあります。





欧米では、特殊な病気でない限りマスクの着用はないとも聞くことがありますが、

「頭隠して尻隠さず」、自分の思い込みだけの判断は、

失敗に繋がることもあるかもしれません。





最後まで、お読みいただきありがとうございました。





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[ 今日のいっぷく] 日曜版



OSPブログ168号 (桜前線、北から見れば)      2014/3/22



春です。日本人がこよなく愛する桜、開花の季節になります。

日本国を縦断する桜前線は圧巻です。

短い命に美しさを凝縮している桜の花は、その潔さも日本人の心の持ち方

として武士道に比喩されています。





先日、まだ来日したことのない外国の知人と電話で話した時、

来日したい季節を聞いたところ間髪いれず「花見の季節」との答えでした。




日本の四季の美しさにそれぞれ関心はあるようですが、

特に桜に対しての期待感は強いようです。





今年の開花予想は始まっていますが、勿論、

桜はあたたかい地方から咲き始めます。





ご存知のように、一般的に3月下旬に九州南部に上陸、順次北上し、

5月上旬に北海道に至るのですが、概ね南から北へ高低の低いところから

高いところに進むとされております。





この時期、日本国中どこでも桜は見ることが出来るのですが、

それでも場所によっては背景が違うこともあり、

人々は毎年場所を変えて花見をされているようです。





なかには北上する桜前線を追いかける熱心な方もおられるようですが、

土地によりそれぞれの魅力があるということだろうと思います。





この桜の美しさも、桜自身の生命力や陽の光や水など自然の力も

さることながら、肥料や害虫・病気予防など、短い命とはいえ

その美しさを際立たせるため、各地での多くの人々の力が結集しての

ことだろうと思います。




その甲斐あって私達は、満開になったあたたかい地方から、次

第に北上していく桜の開花を複数の地域でそれぞれの美しさを、

堪能することが出来ることを感謝したいと思うのです。





私は寒い雪国育ちです。したがって私の故郷の開花は遅い方で、

あたたかい地方では散ってからの開花になります。




私は学生時代、東京在住でした。たまたま帰省地から上京するとき、

車窓から見える桜は未だ「つぼみ」だった時があります。




昔の汽車ですので上京するにも約12時間、車中だったと記憶します。

車窓から見える桜の花は、故郷の「つぼみ」から始まり、

徐々にあたたかい地域に進むにつれ、2分咲き、5分咲き8分咲きと、

順次開花していく桜の花を車窓から眺めながら満開の上野公園に

辿りつくことになります。




いわば「つぼみから開花までの過程」を汽車から眺めながら

上京するということになります





同行の友人は言うのです。



「桜の花は、人の一生を彷彿とさせるね。

つぼみから散るまでの桜を見てると、子供から最終章を迎える人生に

似て感慨深くなる。




その時々に精いっぱい咲こうとする過程は、まさに少年期から青年期、

壮年期と進む人の一生を思い起こさせる。

満開を過ぎてハラハラと散っていくのを見ると、自分も満開からは速やかに、

美しく散っていく人生でありたいと思ってしまう」、と言うのです。





そういえば、TVである外国人が、「ハラハラと散る桜吹雪の中に立った時、

圧倒されてしまった」と言っておりましたが、まさに散り際の美しさに感動された

のかもしれません。




桜前線を北から見れば、雨露を乗り越えて、つぼみから満開に

向かう健気さに、車中の人はそれぞれ何かを感じ取っているのかもしれません。





最後まで、お読みいただきありがとうございました。





| 価値観 | 16:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[ 今日のいっぷく] 日曜版




OSPブログ167号  (認知症)            2015/3/15



先日、「今月で会社をたたむことにしたよ!」、と言う70代の社長さんに

お会いしました。





小さいながらも若い時起業し、これまで40年を超える会社経営してきた方です。

危険物を扱う設備関係の会社を運営してきたのですが、最近、「あのネジを

締め忘れなかったかとか、設置場所や社員の仕事を点検したかどうかなど、

思い起こせないことが多くなってきた。




危険物取り扱いの会社では、何かあってからでは遅すぎる。

大きな事故にならない内に廃業するよ。やっぱり年には勝てないな!」

そう言うのです。




要は物忘れをするようになって、仕事に支障をきたしてきたと

言っているのです






年のせいと彼は言うのですが、私自身も外出時に玄関にカギをかけたのか、

電球の消し忘れがなかったかなど、若い時からいくらでも思い当たりますので

「年のせい」にすることへの同意はしたくありませんでした。




しかしまったく次元の違う話で、彼にも大変失礼なのですが、

ふと「認知症で逝った両親」を思い起こしてしまい、

結局「年など関係ない」との言葉を飲み込んでしまいました。





私達は、自然災害への備えを具備する必要があるだけでなく、

日常の突発事由にも心しなければならないこともあります。




ある日突然医師にがん宣告を受けたり、認知症の発症を告知されたり

することもあります。




「人ごとではない!」、私の頭には「DNA」の3文字が付着しているのです。

そういえば最近特に物忘れがひどくなったり、固有名詞が出てこない自分が

気になっています。




たまに若い方から「若くても物忘れする人はたくさんいる。あまり

気にしない方がいい」と慰めていただくこともありますが、

認知症に対する多くの情報に敏感になっているのです。




報道の多くは、高齢者の「認知症」について施設不足などを社会問題

として取り上げていますが、実は高齢者だけでなく、

若年性認知症の発症


問題になっています。




65歳未満の認知症を「若年性」というそうですが、

いわゆる現役世代の年代で、まさに働き盛りの時期なのです。

高齢者の施設整備や老老介護などと同じくらい家族にとっても

重大な問題になっています。





「誰もなりたくない認知症」ですが、

現実にわが身や家族の発症に向き合い、

介護を余儀なくされる事もあることを考えると、

医療の力を期待するとしても、その現実を真正面から

受け止めなければならないときもあります。




若い時は物忘れを「集中力の欠如!」などと気合を入れて

済むことかもしれないのですが、「認知症を受け入れるには

本人も家族も相当なエネルギー」と「覚悟」が必要です




認知症のチェックポイントに、

①同じことを何度も聞く、

②風呂に入りたがらない、

③外出したがらないなどが挙げられていますが、



固有名詞がなかなか出てこない私にも対策急務かと

思い始めているのです。




市町村では認知症サポーターを養成するための

セミナーを実施していると聞きます





自分が発症するのを避けるための対策を講ずることも大事ではあるのですが、

家族の誰かが認知症になった時のサポートを事前に学ぶことで、

家族が家族でいることを確保したいと思えています。






ある朝、突然私の枕もとで、「あなたは、どちら様ですか?」

と問いかけてきた母に、とび跳ねた私の目からしばらく、

涙が止まらなかったことを今も忘れることができません。






最後まで、お読みいただきありがとうございました。






| セルフマネジメント | 17:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[ 今日のいっぷく] 日曜版




OSPブログ166号  (生きた金の使い方)     2015/3/8



昨年暮れのことです。私にお金の使い方を指導してほしいと助言を求めてきた

若者がおられます。




失礼とは思いましたが、もともと不得手の分野ですのでその真意をお聞きする

前に「アドバイスできる知識はないのです」と丁寧にお断りしたことがありました。





私には金銭管理の自信がないのです。

若い時、給料も少ないのに流行のスーツや分不相応の時計をローンで

買うなど、後先を考えない消費活動をしてきたのです。





また、禁煙するとき医師に、「煙草が身体に良くないだけでなく、何十年も吸った

煙草代が、外車の1台や2台買えたことになることをどう思う?」

と問われたことを思い出します。





友人に金銭管理の行き届いた人がいました。彼もサラリーマンでしたので

少ない収入なのですが、お金の有効な使い方に信念を持っていました。




彼は少ない収入を基本的には、自分を高めるための投資にと

考えていたのです





最低限の衣食住は確保するのを優先させるとしても、

嗜好品への散財はしないのです。




彼は決してケチではないのです。

飲み食いなど友人たちとの普通の付き合いもするのですが、




自分の成長に資するお金の使い方に拘泥しているのです。




「身についた技や知識は朽ちることはない。高値の自分を作るのだ!」と

いつも言っていたのです。




したがって、「無駄も無駄ではない!」とばかりに、

嗜好品や道楽などを無類の楽しみにしていた私とは

大変な違いと言うことになります。





「金は天下のまわりもの」と言っても、収入の多寡によっては
それぞれ異なります。




裕福な方もおられれば、やりくりが簡単でない方もおられます。

私も後者に属しながら思慮不足な金銭感覚であったと反省しているのです。





もはや年金では生活できないと言われる時代を迎えております




貯蓄もままならない、ましてやサラリーマンの退職金も少なくなる一方なのに

年金もあてにならないのでは、もはや老後の展望など持てないと言うのです。




政治の世界を期待するにしても、当面する自己対策も考えておかなければ

ならないと思うと、つい友人の賢さに脱帽してしまうのです。





今は、企業などの定年も再雇用制度の導入により、65歳まで働ける職場も

増えているのですが、日本人の寿命も延びています。




65歳を超えてもなお生活の確保が必要なのです。

やはり現役の時に上手なお金の使い方を学ぶ必要がありそうです。




お金の価値や、物の値段、給料の多寡は時代によって変遷しますので、

相談に来た若者の意識の高さに敬服しています。




時折、TVで優れた技術を有する高齢者が活躍されている姿が報道されます。




健康でさえあれば得意な資質を持つことで、高齢でも働ける

機会を得られるのかも知れないということになりそうです。




加えて、収入だけではなく、「生きがい」になるかもしれないとすれば

早めに何かを会得することが現実的のようです。





「身についた技能や知識は朽ちることがない」と言った友人の

言葉をまた思いだします。





大手の企業は総合力で業績を上げるのですが、

時折優れた技術をもっている小さな会社の「いぶし銀」を見るにつけ、

サラリーマンも早めに「突出した力」を持つ事が大事と示唆している

ように思えています。




最後まで、お読みいただきありがとうございました。






| セルフマネジメント | 18:59 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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[ 今日のいっぷく] 日曜版



OSPブログ165号  (もう少し度量を!)    2015/3/1


髪も伸びすぎたようで、家族から「散髪してきたら?」と圧力帯びた

アドバイスもあり、理髪店を目指しました。




理髪店や美容院は多くの方が固定傾向にあると思うのですが、

私も例外でなく馴染みの理髪店に行ったのです。




店主も従業員も旧知の仲ですので、入店と同時に会話が始まるのですが、

この店は私の巷の情報源の一つでもあるのです。




髪形などほとんどお任せですが、今回は髪も少し伸びすぎたようで、

家族に少し短めにカットしてくるよう指示を受けましたので、

店主にその旨を伝えたのです。




彼には多くの言葉は不要です。50歳に間もなくというベテランです。

短めに頼みますといえば分かったとばかりに、

自分の思い通りにハサミを進めるのです。





私もこの際自分の勉強のためにと、髪型とファッションをマッチさせるコツは

何かを問いかけたのです。




「そんなことを考える必要はない!」、即座の答えです。




着たいと思う洋服があれば着れば良いし、履きたい靴を履けばいい。

帽子だって自分で良いと思ったものを身に着けていれば良いし、

髪型だって自分でいいと思う髪型にすればいいのだと言うのです。




お説ご尤もですが、サラリーマンしか経験のない私は、スーツ姿で色は

ドブネズミと言われた紺、グレー、黒が定番だったのです。




その範疇から大きく外れることなどないのです。


したがって好きにしろと言われても、自分たちの許容される姿を

勝手にわが身に課しているのですから、他人が違和感持たないように

だけを基本とし、到底芸能人みたいな服装などは違う世界の

人達と思いこんでいるのです。





「仕事着とプライベートは違う筈!」と彼は言います。




確かに若い方々が休みの日に自由なファッションを楽しんでいるのをみると、

年齢制限などある筈はないと思いながらも、その殻から脱却する勇気など

なかった私です。




「ならばどうすればいいのよ!」と問いかける私に、

「何でも良いんだよ。好きなカッコウすれば良いじゃない?」


とタメグチです。




赤いパンツであろうが、派手なブレザ-であろうが、ウエスタンブーツで

あろうが、マリンスタイルであろうが何でもいいのだというのです。





「でも、俺に似合うかどうかの問題があるよ!」の私の問いに

「関係ないよ。どんな色でも形でも、誰にでも合うんだよ。

人が違和感もつのは、今までの様子と違うからであって、

始めて会う人はそれがあんただと思うから気にすることはないんだよ!」

と言うのです。





なるほど、確かに自分や周囲も固定した見方をしているのだと

思わされたのです





更に「どんな格好しようが始めて会った人は似合わないなんて

言わないよ!それがあんただと思うだけだよ!」と言うのです





何事も固定的な見方や思い込みをすることは、広い視野で世の中を

見ていないことなのかもしれません。




自分の好みに同調しやすいものだけ受け入れて、

若しかしたら魅力的な側面をたくさん見過ごしてきたのかもしれない。




「もう少し度量を!」と言われた気がします






「よし!何事もチャレンジ!年など気にせず、赤いパンツにハンチング、

革のジャケットでも着てみるか!」と言った私に、




「さーて、出来るかな?」、店主の見透かしたような言葉に、私の心は燃え始めています。





最後までお読みいただきありがとうございました。






| セルフマネジメント | 14:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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