ワン ステップ プログレス 

想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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[今日のいっぷく] 日曜版




OSPブログ160号  (トラウマからの脱出)        2015/1/25



最近対人関係など思うように事が運べない時、「トラウマになっているんだよ」

と話す人、数人とお会いしました。





トラウマとは、語源由来辞典によると「フロイトの説で、過去の強い

心理的な傷がその後も精神的障害をもたらすことで、

精神的外傷を指す」とされています。





人は成長の過程で様々な事に遭遇し、傷つくことも多いと思います。




本人にはそれほど悪気のないことであるにしても、時折トゲのある言葉や、

貶める風聞を発することで、結果によっては誰かに大きな打撃を

与えることにもなりそうです。





正直わが身を振り返っても、自覚の程度はその都度異なるにしても、

加害者になったり被害者になったりしていることを思い起こせます。





先日、久しぶりで旧友たち数名と酒席を共にしました。




懐かしさや気心の知れた旧友たちですので積もる話や、

参加できない人たちの近況などで話も盛り上がり、

楽しい時間を持つことができました。





何よりもうれしく、刺激的であったのはほとんどの人が、

日々研鑽で新たな経験や知識を更に積み重ねていることでした。




数年来の再会の友は勿論、ここ一年や半年ご無沙汰の友であっても

新たな発見をしているのです。




以前、娘がパソコンと格闘している私に

「人間、まだ成長出来るんだね」

とからかってきたことを思い出します。





友人たちの培いに感動しながら、「俺も、もう少し頑張る必要があるな!」と

思わされたのですから、人との再会に感謝です。





そのとき、「世の中、全てオッケイとはいかないな・・」とひとつだけ

残念に思った事
があります。




それはある友人の「不参加の人の根拠のない中傷話」

です。




本人が聞けば誇りが傷つきそうな事をもっともらしく人に伝えます。




本人に悪気がないのですから手に負えません。




それを聞いて「へー、そうか!」と納得する人も少なくないのですから、

これが風評被害を作り上げ、ついにはトラウマになる人も出てくる

のではないかと思ったりします。




つい「根拠のない中傷は止めた方が良いよ!」

と言うのですが、周りは一瞬シラケますので、

場づくりの難しさも感じます。




これが悪意のある中傷話の時などは更に悲惨な状況を創出します。




特に組織、ローカルなど小さな世界で起こりやすい事象ですが

、聞く側には「悪意の中傷か否か」を見極める高いレベルの良識が

求められるようにも思います。





私達発信する側の時は、言動によっては相手が大きく傷つく

ことがあることに、もっと留意しなければならないかもしれません。





それはそれとして、不幸にもトラウマをお持ちの方にお会いした時は、

早く脱却を測るよう激励するしかないのですが、

結局は自信の持てる自分を確立するのが、

乗り越える早道かもしれないとも思っています。




その手段として「勇気ある自己主張」もひとつの手段として有効だと

思えているのですが、貴方はどう思われますか?





最後までお読みいただきありがとうございました









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[ 今日のいっぷく]  日曜版




OSPブログ159号 (舌打ち)          2015/1/18



先日、大変お世話になった方を見送りました。



故人には、大変お世話になりましたし、ご面倒もおかけしましたので、

葬儀の途中も時々昔を思い起こしておりました。




サラリーマンであった彼も当たり前に定年を迎えましたが、

本人としては、納得できるサラリーマン生活ではなかったようです。




求める職階とは隔たりのある肩書で定年を迎え、

退職後もその不満を時々吐露しておりました。
 




学歴もキャリアも十分な方でしたが、組織の中での処世術が

あまり上手でないというのが口癖でした。




サラリーマンに限らず、競争社会ではよくある話ですので珍しくも

ないのですが、亡くなるまで悔しさを口にしていましたので、

本人は相当自信があったのだと思います。





しかし、故人には失礼ですが、私にはあまりに衝撃的な出来事で

忘れられないことがあります。




私とは年の差も大きく、可愛がっていただいた故人でしたが、

仕事になると他人の意見に耳を傾ける事があまり

出来ない人だったように思います。





ある日のこと、彼が上司と議論していたところを目撃したのです。




周囲には彼の部下数名が同席していました。議論は双方譲らず、

次第に感情移入が始まりました。





サラリーマンが陥りやすい落とし穴だと思うのですが、

議論を「勝負」と意識する方がおられます。





目標は組織の成果であるのに、単なる勝ち負け議論

になることがあります



その時も後者の雰囲気が醸し出されていました。




彼は自らが提案している計画書が、組織にとって有効なものであり、

上司にその許可を得たいと協議していたのですが、

一生懸命説明している彼が、なかなか納得してもらえない上司に、

「何で分からないんだ!」と云わんばかりに「舌打ち」

をしてしまったのです。





上司は、彼の舌打ちを許しませんでした。

「無礼」と受け止めたのでしょう。


その態度に間髪いれず「出ていけ!」と怒鳴ったのです。




それでも彼は上司の「出ていけ」には意を介さず話をすすめようと

したのです。

彼はどうして怒鳴られたかわからなかったのか、分かっても分からない

ふりをしたか分かりませんが、2度目の「出ていけ」で決定的になったのです。





理解してもらうには、受け止め側の問題もあるにしても、理解してもらう

ためのスキルが大変大事だと私は学びました。




しかしそれ以前にもっと大事なことがあったのです。

相手が誰であろうが決して無礼であってはならないということです。


彼は大変な自信家でした。




自分に間違いはないと思い込んでいました。

確かに優れた知識・知能を持っていました。

私はいつもその理論構成に感服していました。




ただ自信家の彼の言動には、傲慢さが見え隠れして

いたように思います。





もとより上司も彼も優れた方たちで、周囲からも尊敬されていました。




しかしどんな優れた提案でも人の尊厳を傷つけての共感は

得られないことを私は学んだのです。




故人には申し訳なかったのですが、他人への無礼を伴う提案など、

決して許されないことを知ったのです。





最後までお読みいただきありがとうございました。

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[今日のいっぷく] 日曜版




OSPブログ158号(変化を起こせ!)        2015/1/11



人は時折、非日常の世界にあこがれます。旅行に出たり、デズニーランドに

行ったり、最近ではクリスチャンでもないのにハローウインで仮装まで演出します。





非日常の世界は人に刺激を与え、変化を与えてくれます。





先日友人と話していたら、「俺の人生もパッとしないなぁ!」と

自虐の言葉です。




私から見るとこれまで想いのままの友人に見えるのですが、

若しかしたら私が想定している友人のMAXと友人の期待値には

乖離があることだと気付き失礼をお詫びしたのです。




どなたでも、「こんな自分でありたい!」とイメージが出来ている

のかもしれないのですが
、私自身を顧みても、靄がかかり

ハッキリしたイメージになっていません。





「どうなればパッとした人生になるの?」。友人に聞いても

答えがありません。


「何があればパットする?」、また聞いてみても「ウーン」だけなのです。





でも、友人の言動からは決して現状には満足しているようには

見えないのです。





「世の中腹の立つことばかり」とも言いながら、では自分がどうするかが

まだ定まっていないようです。




友人の一言で私自身の大きな課題を思いだしました。




私はいつも無難に物事が経過することを願って行動しています。

平穏でありたいのです。





今の状況が続くと思っています。しかしだからと言って内心決して

「パッとした人生」などとも思ってもいないのです。




いうなれば保身に終始しているだけかもしれません。




時折、行動力の旺盛な方を見ては、自分もそうなれたらと思うのですが、

なかなか新たな変化を求める行動に踏み込めません。




言ってしまえば臆病ということでしょうか。




これが「身の丈人生」と自分に言い聞かせて生きてきたように思います。





前例主義という言葉がよくつかわれます。

前例主義は先が読めるのですが、変化は先が読めません。

変化による価値は測りにくいということなのかもしれません。




いうなれば前例主義で、いつも同じところにいることに安ど感を

感じているのかもしれないのです。





選挙の時、「風を起こす」という言葉が多用されます。


人は変化に魅力を感じると思っているのでしょう。




変化は視点を変える起点になります。



村山幸徳氏が著書・正法眼臓の経営学で

「変化は新たな変化を、改革は新たな改革を起こす」と言っています。

変化を待つのではなく、自ら変化を起こす勇気を持てと言っています。





友人も言いました。


「だから毎月刺激を求めて上京するのさ。

刺激があれば変化を起こすヒントにもなる!」、

彼は彼なりの行動を実践しているのです。




その友人に私も刺激を頂いたことになります。





今、私は、「変化をおこせ!」と心の中で叫ぶことを試しています。





自分の心に変化を持たせることで視野も視覚も磨かれるかも

しれないと思い始めています。





「何かがなければ何も起こらない!」、

私の尊敬する方の言葉です。




守るだけでは退化になりかねません。考えさせられる言葉です。





最後までお読みいただきありがとうございました。







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[ 今日のいっぷく] 日曜版




OSPブログ157号(旧友)             2015/1/3



昨年の暮れ、多くの人脈を持つ知人が、「最近、自分の職場で尊敬できる

人物がいないと嘆く人によく会うんだよね」とつぶやくように言うのです。





そういえば、組織の上の方が「うちの組織は人材不足だ!」とか、

サラリーマンの方が「周囲に尊敬する人がいない」など、

私も多くの人から同じような言葉を聞いた気がします。




確かに、尊敬できる人が側にいることは、自分の人生に多いに

プラスになると思います。


ただ、何を持って尊敬できるかは、価値観の違いも大きく左右しそうです。

従って、自分の価値観に合う特質を持つ人は受け入れやすいかもしれない

のですが、一方それが他の誰にも当てはまるとは限らないということ

なのかもしれないのです。





でも、自分の尺度で求める全てを具備していないとして、

「尊敬できない」と一蹴するのも、何か大事なことを見落としてしまう

かもしれません。





もともと誰からでも求められる全ての特質を具備している人など、

世の中には存在しないと思います。




むしろそれぞれの方の「尊敬に値する特質」を見出す視点を

多く持てるようになることが大事なのではないかと思っています。





新年です。今年こそはと意気込んでおられる方も多いと思います。




中学の同級生から年賀状を頂きました。年に1.2度しか合わない同級生

ですが、元気にしている賀状を拝見し、昔を辿っております。




中学の時、私は少し横道に反れそうになった時があります。

その時彼が側にいて横道に反れそうになると引き戻してくれるのです。





お陰でどうにか中学、高校を終えることが出来たと感謝しています。



その頃、背の高い子が背の低い子と、太った子が痩せた子と仲良しに

なっているなど、ギャップのある連れをよく見かけたのですが、

私達も優等生の彼と、劣等性の私がよく行動を共にしていたの

ですから他人には同じ様子に写っていたかもしれません。





大学は、当然彼は偏差値の高い大学に入学し、私は身の丈に合った

大学に入学したのですが道が異なることもあり、その後はしばらく

疎遠になっていました。





でも久しぶりに参加した同級会で再会し、何のためらいもなく昔

が復活したのです。





あまり勉強しないまま社会人になった私も、私なりに社会を学んできた

と思います。




しかし会うたびに、学生時代から哲学や歴史など学び続ける彼と

下世話な話題が多い私とでは、博識や品格による「心の豊かさ」の

違いに驚愕させられるのです。





彼は学問にさらに磨きをかけることは勿論、ビジネスの世界でも企業の

トップに位置しているのです。




彼の学びの姿勢はいつも私の学びの啓発心を触発してくれています。


今年の賀状も、私なりの啓発がまだ足りないと示唆してくれているように思っています。





彼が友人でいてくれたからこそ、

私は頑張れるのだと思っています。


長年尊敬してきた大事な友人を持てた幸せを

感じている新年です。







最後までお読みいただきありがとうございました。





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