ワン ステップ プログレス 

想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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[ 今日のいっぷく] 日曜版




OSPブログ152号(価値や見識どう測る?)   2014/11/30



「昨日ある美術家のアトリヱに招待されて行ってきたよ」。友人の言葉です。

「敷地は600坪。重厚な和風の佇まいのアトリエもさることながら、

庭には松、梅、桜、五月などのいかにも手入れの生き届いた植木達、

見事な形の大きな石や、踏み石、更には赤や黒の大きな鯉の群れが

泳ぐ池まであって圧倒されたね」。



そう言うのです。





聞きながら想像している私に、「その人、金属工芸家なんだよ。

たまたま展覧会を見に行って名前を記帳してきたら、

アトリエにご招待というわけさ」。



ようやくその芸術家と友人のの結びつきに合点がいったのです。続くのです。




「アトリエには多くの作品が飾っているのは勿論だけれども、

創作以外にも甲冑など古物もあって、見るからに高額な美術品ばかりと思えた。




あれは何億もするね。




屋敷と云い、展示物、作品といい大金持ちだと思うよ」。そう言うのです。



美術に精通している友人ですが、お屋敷との相乗効果もあったようです。



「フーン、」そう言うしかない私に、「しかし、美術品と言うのは

良いと思える人には高い値打ちになるし、関心のない人には

ゼロなんだよね」というのです。






多分おっしゃる通りだと思うのです。芸術に疎い私には

特に判りやすい言い方です。





確かに優れた作品との評価を得たものでも、いいと思えば高くても

買うかもしれないし、いいと思わない人はタダでも要らないというの

かもしれないのです。





美術品に限らずどんなものにも評価が伴います。




身の回りの事を思い起こしても、考え方、知識、経験など、

例え形のないものであっても個々人の価値の受け止め方が違います。





私はサラリーマン時代を思い起こしていました。役所勤めでしたので、

研修が多いのです。




美術品の価値観とは全く違う話ですが、上司達は少しでも職員を育成して

公僕としての資質向上を目指すため、「高名な先生」をお呼びして

職員教育をします。




でも私のように出来るだけ研修から逃れようとする不心得な職員もいます。




自己啓発に熱心な職員は、その研修に高い価値観を感じていたと思うのです。



後日、受講を免れた職員たちの歯ぎしりがそれを物語っています。





更にその友人、識者と云われる方々に対して講演された高名な先生の

話をするのです。




講演後その先生、「この地域の講演料は随分安いんですね!」

と云われたというのです。



ホントかどうかはともかく「地域住民の見識」まで測られていたのかと

複雑な気持になったというのです。





「法の不知はこれを許さず」とは法律の世界ですが、「知らなかったから」

などの云い訳は通用しないのかもしれません。




「感性や見識などの価値観」は短期間で培えるものではありません。




友人のように多くの展覧会に足を運んだり、率先して勉強するなどして

感性を磨いていく必要を私に気づかせたかったのかもしれないと思っています。






もっとも、「それからのアトリエは?」、私の問いに、「結局、作品を買わないか

ということだったよ。



ナツメひとつで数百万では手が出ない!」、





の友人の言葉を私は測れてはいないのですが・・・。







最後までお読みいただきありがとうございました。


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| マネジメント | 20:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[ 今日のいっぷく] 日曜版



OSPブログ151号 (そんなお母さん、嫌だなァ)   2014/11/23



いつまでも、子供の心配を終われないのが親の宿命のようにも思いますが、

学童と言える時期までの子育てについては、相当以前に終えている私が、

先日、子育て真っ最中の若い「お母さん」と話す機会がありました。





お子さんのA君が学校から帰ってそのお母さんに言ったそうです。

時々お子さんと一緒にゲーム[マリオブラザーズ]を楽しんでおられるよう

ですが、それを聞いたお子さんの友達B君が「そんなお母さん、良いなァ」

と言ったというのです。



若しかしたらB君のお母さんは忙しい日々で子供の相手をしている時間が

少ないのかもしれませんが、その時A君が、「でもうちのお母さん、

強くて俺いつも負けてしまう」と続けたというのです。





その時B君の応えは、「そんなお母さん、嫌だなあ」

言ったというのです。





「このやり取りをどう聞きますか?」笑いながらのお母さんの

問に、どう応えたらいいのか分からなかった私です。





最近子供の学力テストで都道府県が競っていますが、同時に情操教育も

叫ばれるなど子育てに熱心な環境にあるようです。



すでに昔のこととして関心を持たないでいる私に注意喚起された

気持ちになりました。





親が子供と遊ぶ姿はどこにでもある風景ですが、勝ち負けにかかわる場合、

子育てではどうしたらいいのかと、昔を思い起こしながら考えてみました。





正しい答えがあるのかどうか判りませんが、子供の個性が皆違うことを考えると、

応えは多岐に及ぶのではないかとも思えます。





今回のA君とB君のやり取りで云えることは、子供であっても「負けることは

悔しいこと」だと思いますが、だからと云って「親が負けてやればいい」と

言う結論にはならないと思うのです。




「わざと負ける」ということはむしろA君の誇りが傷つくとも

考えられるのです。





スポーツでの勝ち負けはなど、あらゆる場面で起こる現象を見ると真剣な相手に

勝ててこそ、始めて大きな満足感が得られるのではないかとも思うのです。



やはり、このお母さん、わざと負けるようなことをしてはならないと

思うのです。





世の中「ハンディ戦」と言うのがあります。




柔道でもボクシングでも体重によって、クラスを決めます。


子供と大人の分け方もあります。スポーツに限らず、例え、ヘボ将棋と

揶揄されるものでも、「飛車・角おとし」としてハンディをつける闘い方もあります。




真面目に対応しないと子供に勝てるとは限らない状況を作るのが

親としても大事だと思うのです。





従って、ゲームであっても何らかの「ハンディの採用」を考え、


真剣に勝負することが子供に敬意を払うことになるのではないかと

思ってしまいます。





真剣な親に勝ったときの子供の笑顔は得意満面です。


自信がついていくのです。

勉強でも同じです。

英語でも、歴史でも、国語でも算数でも子供はどんどん親を越していきます。





子育てのとき気づけていればと反省している私ですが、

ゲームでも何でも親自身が真剣に取り組む姿を見せておくことが大事な

ことと今思いあたっているのです。





最後までお読みいただきありがとうございました。





| コミュニケーション | 18:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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11月19日、秋田県井川小学校で、秋田県初のドリームマップの
授業を開催しました。

自分の今の夢を「カタチ」にするドリームマップは、子供たちに新鮮だったようです。
一生懸命です、楽しみながら将来の夢を膨らませていました。

子供は、親にも夢を持ってほしいと願っているそうです。
親子での会話が夢を語ることであれば、素晴らしい家族のコミュニケーション
も図れると思います。

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お互いに質問しながら、自分の素晴らしさを確認しています。

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一人ひとり全員で自分の夢を発表しています。
みんなはそれを応援しているところです。

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みんなで記念撮影しました。
井川小学校の子どもたちは今から、夢に向かって行動します。
将来が楽しみな子供たちです。ワクワクします。

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| 未分類 | 15:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ドリームマップ授業のお手伝いをしてきました。

さいたまの小学校ですが、先生も生徒も熱心です。
子供たちは夢中です。楽しそうです。
自分の夢を描くのが楽しいと生き生きと夢を発表していました。
将来が楽しみです。

私も感動の時間をもらいました。ありがとうございました。



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[ 今日のいっぷく] 日曜版



OSPブログ150号(戦力外通告)          2014/11/16



今年のプロ野球日本シリーズもソフトバンク優勝で終わりました。

選手たちもこれからは身体を癒したり、キャンプへの準備をするなど思い思いの

自己管理へと進む事だろうと思います。



プロ野球シーズンも終わりに近づいたころ、

私がいつも思い出す言葉があります。





「消化試合」。




優勝や順位など結果は決まっているのですが、予定されている試合数を

消化するための試合を指します。



それでも見に行くファンもいますので、選手たちにとってファンのありがたさを

実感する時期だと思います。





今のプロ野球の仕組みには「クライマックスゲーム」もあり、シーズン終わり

までファンを楽しませてくれる構図を作ってくれましたので、

以前より長い期間、プロ野球ファンは楽しめるのです。




それでも下位チームの試合については、試合数消化のためとの感は

否めないこともあります。




ファンの多くは、贔屓のチームが良い結果でなければなおさらのこと、

この時期プロ野球から気持ちが離れがちになるのです。





でも私はこの「消化試合」でプロ野球選手の生きざまを垣間見ています




高い給料を手にした彼らであっても、来年契約出来るかどうかの瀬戸際に

立たされている選手もいるのです。




「戦力外通告」。寂しい言葉です。「クビです」と言われるのです。

数字が全てのプロです。




例え契約を継続出来る有力選手であっても、今年の成績が給与に左右

しますので、消化試合でも「打率や勝率」を上げて数字を残そうと

懸命になります。




ましてや選手として続けられるかどうかのライン上の選手は

死活問題なのです。



したがって例え消化試合であっても高い評価を得ようと

必死になるのです。





選手としての大成には確かに才能も左右するのかもしれません。




しかし、鳴り物入りで「プロ」に入団していながら、泣かず飛ばずでチームを

離脱する選手がいます。



一方ではあまり期待されていない選手が一世風靡したりするのを見ると、

一概に才能だけの話でもないのではと思えたりもします。




「戦力外通告」を受けた選手を一概に努力不足と言いきれないと思うのですが、

毎年100人を超えての「通告」を受ける選手の中には、それまでの努力が

どうであったかを考えさせる選手もいるのかもしれません。





昔「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ!」という歌が

流行ったことがあります





また、「親方日の丸」と公務員を揶揄した言葉もあります。




このいずれにも該当する私としては、プロの野球選手に比べて、気楽な人生を

送ってきた事になるのだろうかと自問自答するのです。




確かにサラリーマンの能力を数字で測ることの難しさで、「戦力外通告」

とはいかないまでも、いつでもリストラや企業倒産など必ずしも

暗澹とはしていられない危険も孕んでいます。




従って、野球選手に限らずサラリーマンであっても、「戦力外通告」など

受けることがないよう、若し受けても次のステージを確保できるよう、

日頃から「セルフマネジメント」で自己防衛の準備をしておくことが大事


と思わされる季節なのです。





メディアでの「ドラフト会議や戦力外通告」の話題が、

私の気持ちを複雑にしています。






最後までお読みいただきありがとうございました。

| セルフマネジメント | 10:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」 日曜版



OSPブログ149号(ノーベル賞受賞者)     2014/11/9



話題としては遅くなったのですが、おめでたいことですのでご勘弁

いただくことにします。



日本時間10月8日、ノーベル物理学賞に赤崎勇、天野浩、中村修二の

日本人3人が決まりました。




青色発光ダイオード(LED)開発ですが、日本の物理学界に輝かしい

歴史を記したことになります。




受賞の3人は当然ですが、日本人の多くもその誇りを共有し、

明るい話題として大いに喜び励まされたのです。





3人の中で、中村氏が企業で実用化し量産化に成功させたということの

ようですが、私が気になるのは、今彼は米国で研究生活を

送っているという事実です。




発明の対価をめぐり、企業との訴訟が渡米の理由のようですが、

このことを振り返り

自分を鼓舞できたのはこのトラブルへの「怒り」であったと

記者会見で述べられているのです






当事者間でのトラブル内容などは、私達一般人には分かりにくい事ですが、

印象深いのは人を前進させる要因に、「怒り」もあると

再認識させられたことです。





不遇な環境であったがゆえに大成された方々が沢山おられます。



彼等はその苦労を乗り越えるとき、中には何かに対する「怒り」

が要因になった方もおられるのかもしれません。





言えることは、どのような動機であれ「地道に継続できた行動」が

大きな成果をもたらしたという事実です。


彼の怒りも「研究継続」に資するほどの怒りであったことになります。





私の場合、時折目標を決めて達成を目指すのですが、行動の継続が「とん挫」

してしまうのです。




例え何かに対する「怒り」があっても継続の要因にはならないのです



「ま、いいか!」で納めさせてしまう私には「怒り」とは違う「継続要因」を

用意する必要がありそうです。





努力の「継続」は私には難しい課題です。




以前、難しい国家試験をパスすると、将来を保証されるという風潮がありました。




合格してしまえば順風万般なのです。

しかし昨今様子が変わってきたように思えます。

医師や弁護士など難関と言われた国家試験に合格してもそれだけでは

安穏としていられない時代になっているようです。




待っていてはお客が来ない時代になってきたのです。




国家試験の合格後どのくらい勉強したかなど、

「努力の継続」に比例して「流行る、流行らない」の格差現象を

生じさせているかもしれません。





サラリーマンの世界も然りです。




学校卒業後、「社会人になってからの勉強や努力」が将来を左右するのです。




その筈です。学生時代より社会人になってからの月日が遥かに

長いのですから・・・。




結局、「地道な努力」をどれだけ実行できたかがカギになるのかもしれません。





世の中パフォーマンス花盛りです。



しかし「一時の花」よりも、「積み重ねの価値」、「継続の価値」の

大きさをノーベル賞の受賞者たちが教えてくれています







学生時代に不勉強であった私と似た人に会うことがあります。

妙に親近感がわいてきます。

そんな人に言葉にして出すことがあります。




「私達にもまだ時間は残されている。人生の帳尻併せに

間に合うかもしれない!」・ と。





意気地がないのです。一人で進めない自分の弱さを補おうと、

同志を求めているのです。





最後までお読みいただきありがとうございました。





| セルフマネジメント | 17:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」  日曜版




OSPブログ148号  (そうやって生きて来たんですね!)2014/11/2




「世渡り上手」と言う言葉があります。



この「世渡り上手」の一要素に「褒め上手」という言動も含まれて

いるように思います。




部下は「褒めて使え」、子供は「褒めて育てよ」などいろいろ教えもあるように、

コミュニケーション構築や人材育成にも大事なスキルとされています。




この日常的な行動にも留意が必要なようです。

何気なく褒めたつもりがとんでもない結果になることもあるからです。




基本的に、「褒め方」は相手によって変える必要がありそうです。



「あんな褒め方をされて気持ち悪い」とか、「虫唾が走る」などと、

褒め方を間違えると信頼を喪失することもあるかもしれません。




また、「人を通して本人に伝わるような褒め方」を良とする方、

「何でも褒めてあげれば文句なし、木にのぼる方」、

「さり気なく褒められたいとする方」や「具体的に褒められるのを好む方」

など様々です。




言えることは、相手がどういう褒め方をされる事を好むかを、

常に観察しておき、TPOを心得て、タイミングよく伝えることが

大事だということになりそうです






以前、職場で「ほめ上手」の異名を持った方がおられました。

彼は上司でも部下でも褒めまくるのです。

正に天性だと思ったものです。




「仕事ができるわけでもないのに」と言う同僚たちの「妬み・嫉み」を尻目に、

トントン拍子の出世でしたのである意味「優れ者」であったということに

なると思います。



まさに「褒める」事で「世渡り上手」を実行したのかもしれません。





人には得手不得手がある事は事実ですが、社会生活を円滑にするのも

自己責任の世界です。




「行動を起こすか起こさないかなどの結果」は全て

「自分の決断」によるものです。





確かに誰もが彼のようには出来ないかもしれないのです。

でも考えてみると「褒め方」は円滑な人間関係には大事なスキルです。



学ぶ必要のある事項には違いないと思うのです。

学ぶ「決断」も大事だということになります。





饒舌な方は世の中沢山おられるのですが、中でも「お調子者」と

揶揄されたりする人たちが落語の世界でも出てきます。



「口と心」の一致がないのが落語の世界です。





先日、ある方の褒め言葉に対して、友人の放った言葉が印象的です。





「そうやって生きて来たんですね!」。


言われた本人の「絶句」が全てを物語っています。




何事も行き過ぎには注意が必要のようです。





私は最近、最も効果的で、相手に感謝される「褒め方」だと

思っていることがあります。





それは「相手が気づいていないその人の強み」に気づかせることです。




相手の心は間違いなく動きますし、本人の世界も広がることに繋がります。


さらに間違いなく相手の目は輝きますし、何より相手と今以上の信頼関係を


構築することができます。





「褒め方」の極意とさえ云えるのではないかと思えています。





「一日一回は必ず褒める」。ある会社、全員で励行されています。

私は感動しています。






最後までお読みいただきありがとうございました。






| セルフマネジメント | 15:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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