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想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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{ 今日のいっぷく }   日曜版

OSPブログ147号 (今の場所に留まりますか、それとも・・?) 2014/10/26



先日、昔の私によく似た若者に会いました。年は30代半ばです。

サラリーマンですが、「配属された新人教育」に戸惑っていました。

私と同じ経験と同じ苦しみをお持ちのようですので、若干親しみを感じました。




「その新人にはこの仕事は無理だと思うんですよねぇ」、彼はそう言うのです。

いくら指導しても効果的な業務遂行が出来ないとの話です。



仕事内容やその新人のことも判りませんので、応えに窮しながら今の私

だったらどう対処するだろうと考えていました。




自分の過去を思い出しました。



「いくら言っても分からない!」

「何回言えば分かるんだ!」

「やる気があるのか!」、

その都度ストレスを感じた昔を思い起こしたのです。



今考えると、若いときの私は自分を基準にして相手を指導していた

ように思います。

この説明で分かる筈だと思っているのです。

常識だと思っているのです。





自分が新人の頃はどうであったかを忘れているのです。

たとえ、新人が若くてもベテランでも、「知らないものは知らない」筈です。

知らないことに関してはその人たちにとって常識ではない事になります。





私はパソコンが不得手です。パソコン導入初期のころ、若い人たちが一生懸命

勉強して資料を作ってくれましたが、私はその資料を見せてもらって

済ませていました。退職後、そのツケが回ってきたように思います。





時折、社員研修やセミナーを開催する時の資料づくりに四苦八苦

しています。




現役の時、キチンとパソコンを学ばなかった怠惰を今悔やんでいる有様です。


時々、必要に迫られ誰かにパソコンの操作を教えてもらうのですが、

私は事前にお願いすることにしています。




「あなたは大学生、私は小学生、そのつもりで教えてください」。


私のお願いの仕方は間違っていないようです。




どなたも私が理解できるように噛み砕いて説明してくれます。

その分大変な苦労をおかけしている事にではあるのですが、

勘弁いただいています。私の例を彼に話したのです。




彼は「分かったけど、せめてメモぐらい取ってほしいよな!」と、

ギリギリ譲歩の言葉が返ってきました。

それも含めて指導だね」、


追い打ちの私の言葉に彼が納得したようには思えていない私です。





そこで次回は他の伝え方をしようとしております。

何故なら「新人が理解できない」ことに焦点を当てて「いら立つ」うちは、

彼のストレスは消えないと思うからです。





私も今だから気付いたことがあります


この「新人指導」を「相手の問題ではなく自分の問題と捉える」ということです。


指導される相手に「納得して理解」してもらうために、

「彼自身がどうしたらいいのか」を鍛錬してほしいということです。



彼には「試練」だと思ってもらいたいのです。

言いかえれば「修行の場」だと思ってもらいたいのです。




修行」の向こうには、とてつもない大きな「社会の信頼」が

彼には約束されていると思うからです。





「そんなこと言ったって!」若し、彼がそう発言した時、


私は次の言葉を用意しております。




「今の場所に留まりますか?それとも前に一歩進まれますか?」






最後までお読みいただきありがとうございました。






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| セルフマネジメント | 17:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」   日曜版


OSPブログ146号 (「栄光の架け橋」= ゆず)


先日車の運転中、ラジオからグループ「ゆず」の曲「栄光の架け橋」が流れてきました。


グループ名も曲名もぼんやり知ってはいたのですが、もともとキチンと聞いたことも


なく、聞こうともしなかった曲なのです。



車のラジオは傾聴効果が大きく、始めてこの曲の「歌詞」に出会った気がしたのです。


もともとオリンピック選手の応援歌だったようですが、その後卒業式など学校でも


その都度歌ったり聞いたりしているようですので、多くの方は知っておられるようです。



でも私は始めてこの曲を聞いた気がしたのです。


そして歌詞を聞いて感動したのです。



この若さでこんな詩が書けるのかと思いました。




家に帰り早速PCを開き、ユーチューブで改めてこの歌を聞いたのです。

私には歌っている動画より、歌詞だけの動画が心に響いたのです。




聞く人それぞれに聞き方があると思うのですが、私は言葉に引き寄せられたのです。


これまでグループ名も曲名も記憶にあるのですから、音としては何度も耳にして


いたと思うのです。




またTVでも彼等を見ている筈ですが、私は見ても聞いても


いなかったことになるのです





言葉だけの動画は視覚と聴覚を集中させます。




その時今更ながらですが、改めて「聞く、見る」事の意味を思い起こして

いました




音は聞いても言葉を聞いていない、ましてや聞こうとしていない。

物を見ていても見ていない、ましてや見ようとしていない。



これでは理解に繋がる筈はないのです。




時折私は家族との話の途中、他のことを考えたり、うるさいと思った時など

生返事をしているらしく、「キチンと聞いてください!」と注意されることがあります。




一般のご家庭でも子供を叱るとき「ちゃんと聞いてるの?」などと言われる


親御さんもおられると思いますが、このような言葉を誰かに「言ったり、


言われた経験」は多くの方がお持ちではないかと推測するのです。





もともと人の話を聞いていないことになります


相手に寄り添っていないと言えるかもしれません。




人は勝手です。関心のある事は、「聞こう、見よう」とします。音楽会、


お芝居などは前列を確保しようとします。


そして聞いたり見たりの十分な体制を整えようとするのです




一方、トップの訓示、義理で参加した政治家の講演などは後ろから席が


埋まっていきます。前列が空くのです。




「分かっているよ!」「もう少しレベルを上げてくれ!」など出席者の心は

まちまちのようです。




しかし考えてみると、社会生活の営みには、時には「聞きたくもないことを


聞かなければならない」時もあります。




聞くことで得られる情報にも知恵にも出会います。



聞かなかった、いや聞こうとしなかったことにより、取り返しのつかない

損失を被ることもあるかもしれないのです。





栄光の架け橋をもっと前に聞いておけばよかった。実感です。



大人になると聞こえても「聞こえないふりと言う高度な技」を身につけたり


するのですが、時間とエネルギーを消費しているのは事実です。




あの時キチンと聞いておけばよかった。


よくある話になるのです。





「木が倒れても、それを聞く人がいなければ音はしていない」、

ドラッカーの言葉です。





私は自戒しているのです。






最後までお読みいただきありがとうございました。


| セルフマネジメント | 17:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[  今日のいっぷく 」    日曜版



OSPブログ145号(たかがラーメン、されどラーメン)2014/10/12



私はラーメンが大好きです。先日友人においしいと紹介されて、あるラーメン店に

行って来ました。


店構えは、カウンターに15席、4人がけテーブルが10席程度であったと思います。

味噌ラーメンを頼んだのです。

ねぎ、チャ-シューなど具は他店とあまり違わないのです。



スープを一口味わいました。


味噌だけの味なのです。味噌ラーメンを頼んだのですから、みそ味には違いは

ないのですが私には単なる「味噌だけの味」に感じたのです。



その時、周囲の方々に「おいしい」とする「風聞」を成立させているかもしれない

友人の味覚を疑っていたのです。





大阪に赴任していたころを思い起こしていました。

関西は薄口、関東は濃い口と言われます。



私の故郷も濃い口です。


故郷から出張してくる同僚たちも出された料理に更に醤油を加えて

塩辛くするのです。



私も含めて故郷の誰もが「関西料理は味が薄くておいしくない」と思ったのです。


当時地域ではこれが関西料理の評価、「風聞」だったのです。





私が半年ぐらいの在住を経た時、関西の味が薄いのではなく、

奥深い味だと思えるようになったのです。





その時、私は戸惑ったのです。自分の味覚が変わったのか、

新たな味覚を捉える能力が備わったのか混乱したのです。




「風聞」からの脱却の瞬間です。




中国からの「仕入れ肉」から端を発したマクドナルドが、売り上げ急落が報道され、

大きな波紋を及ぼしています。



もっとも売上急落の原因が「仕入肉」だけなのか、サービスなど他の要因もある

のかは分かりませんが、これまでの評価が急落したことには変わりようは

無いようです。





個人も組織も人の社会では、食べ物に限らず「評価」が大変重要です。




基準が正しいか正しくないかはともかく、「下された評価」が良きに

つけ悪しきにつけ「風聞」として独り歩きする事にもなります。厄介なことです。





マクドナルドの一件はTVなどでその実態が明らかにされ、評価の根拠も立証されて

いるのですが、更に「仕入肉」以外のマイナス要因の「口コミや風聞」も加えられ、

大きな打撃にもなったようにも見えるのです。





ラーメン店の話です。関西の奥行きのある味が分かるまで半年の時間を要した

ことを思い浮かべると、


一度食べただけのラーメンを「味噌の味だけ」と


断を下すのが正しかったかどうか不安になったのです





「たかがラーメン、されどラーメン」なのです。店の存亡にも影響する

「風聞」にもなりかねないのです。





一事が万事、いとも簡単に私の言葉が「風聞」となるかもしれないことに

怖さを感じたのです。




もしかして今後当該ラーメンが、「高い評価」を得たとき

「私が発した風聞」が現在でも「高くもない私の品性」を

更に「低下」させることになるのだと気付いたのです。






私は、近いうちにもう一度そのラーメンを食べに行こうと思っています。

若し次回も本当に私の味覚を満足するものでない時は、「風聞」にするのでは

なく店側にその旨率直に伝える事が私の取るべきベストな

行動ではないかと思っています。



私って面倒くさいのでしょうか?





最後までお読みいただきありがとうございました






| セルフマネジメント | 18:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[ 今日のいっぷく ] 日曜日はブログ更新の日です




OSPブログ144号(切り取り)            2014/10/5



「やっぱり違うね、プロは!」先日会った友人の第一声です。

写真が趣味の友人がデパートの写真展を見たときの感想だったのです。




「女子高生の卒業写真が展示されていた。その写真、顔は鼻から下、

胸元までだったけど、頬の涙が全てを語っているんだよね。

部分の切り取りに見えるけど高度なテクニックなんだ!」、



そう言いながらその感動を私に伝えて来たのです。





写真に疎い私ですが、その情景を頭に浮かべて十分理解できる話なのです。



私は写真も絵も美術に関しては子供のころから劣等感を持ち続けているほど

不得意分野ではあるのですが、友人の話を聞きながら両手の親指と人差し指で

四角を作りながら、絵の構図を決めていた同級生たちの姿を思い浮かべて

いたのです。





写真も絵も先ずは全体のバランスで構図を決めることが始めの作業かと

思うのですが、風景画のように大きな対象をダイナミックに強調することも

あるとは思う一方、小さな部分の強調で想いを顕著に示すということも大事な

ことだと教えられたのです。




「言われてみると確かに!」、などは始めて気づかされる時の言葉ですが、

この写真も展示されているのを見て、「そんな手法もあった!」

などと気づかされる事のひとつかもしれません。





結局人に何を一番伝えたいのかが重要なことだと思うのですが、

物事によっては大きく捉えたり、小さく捉えるなど様々な視点を持つことで、

それぞれの価値を際立たせることができるということなのでしょうか






周囲の人々を見ても誰もが様々な強みや個性を持っています。



企業を見てもリーダーシップに長けてチーム力を向上させることができる人、


企画やアイデアが得意な感性豊かな人、細かい細工で商品価値を高める人


などそれぞれ、焦点の当て方によってその人を際立たせることも出来るのだと


云えそうです。





自らを輝かせる事が出来る術を持っている方もおられますが、

時にはそれが不得手の人もおられます。


世の中捨てたものでもありません。




この不得手の方を輝かす術を持っている人もおられるのです。



名選手必ずしも名監督にあらずと言われます。

例え選手時代優れ者でなくても、人の能力を引き出すことが得意な名監督も

おられるのです。





人は誰でも輝いて生きなければなりません。

誰もが輝く力を持っている筈です。





写真の切り取りではないのですが、大きな捉え方でなくても、

一部を特化させて輝いてもらう方法もあるということではないかと思います。





人はそれぞれ社会に貢献する役割も担っています。


そう考えると、「人が輝くためのサポート」に徹することも、私には意味がある


役割ではないかとの思いに達しています。





「小さい切り取り」を駆使しながらであっても、誰のどこに光を当てて


輝いていただいたらいいか、いま一生懸命考えているところです。





最後までお読みいただきありがとうございました。















| セルフマネジメント | 16:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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