ワン ステップ プログレス 

想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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{  午後のいっぷく }



OSPブログ134号 (「俺が、俺が」のサッカー選手)       



ブラジルでのワールドカップ開催も、日本は残念な結果でありましたが結局ドイツの

優勝で幕を閉じております。



私はサッカーについての知識はあまりありませんので、どちらかというと周囲に流され

ていた感があったのですが、それでも当然日本に勝ってほしいとテレビを見ながら応援

していたのですから、日本国民の自覚はあったということにはなります。




先日、ラジオの野球中継で解説者が


「控えの選手は、レギュラーがケガをして欠場したとき、喜べとは云わないが、

チャンスと思わなければならない。

その時に自分がレギュラーの座をつかめるかどうかで、将来が決まる。


サッカー選手に習い「俺が俺が」の強い気持ちが大事である」



という話を聞いて、プロスポーツの世界で生き抜くことは大変なことだと改めて思わせ

られたものでした。




サッカーでも野球でも職業としている以上、それが生活基盤になっているのですから、


脱落した時の「恐怖」を考えると、「自己主張」と「能力向上」が将来を左右

する大きな要素であると理解はできるのです





同時に私は、「俺が俺が」の意欲の他に、忘れてはならないルールもあると

思っています。





当たり前ですが、能力の高い選手一人でチームが勝つ訳はありません。

チームはそれぞれ役割分担があって成り立っています。


4番打者を揃えれば野球に勝てるわけではないのです。




同じポジションを競い合って、「俺が俺が」と能力を高めあいながらも、チーム

の役割をどう果たすかが勝敗を分ける大きな要素であることは当然だろうと思う

のです。





その時私は、ビジネスの世界でも同じことが云えると、自分の

40歳前後の職場を思い起こしながら、ラジオを聞いていたのです。




サッカーについて云えば、それぞれポジション争いを乗り越えて、更にチームでの

役割を果たすということになります。




私はかつて、職場で自己主張が特に強い優秀な同僚と一緒だったことがあります。



勿論職場では内規など役割を取り決めてはいるのですが、彼は自信家でした。



同僚や直属上司の意見より自分の意見を優先させる、「俺が俺が」タイプだったの

です。



結果は、他の同僚たちも事態の状況把握ができないのですから、チームとしての対応

は成り立たなくなったのです。




当然チームに秋風が立つことになります。その時私はチームの重要性を知ったのです。



同僚については、その後も言動は変わらなかったこともあり、上司は配置換え人事で

対処したのですが、当の本人を含め、チーム全員の不幸であったと私には思えている

のです。



個人の能力向上とチーム力、とりわけ役割分担と連携がいかに大事かを学んだような

気がします。




ビジネスの世界でマネジメント、コミュニケーションなど普遍的なスキルを学ぶため、

いつでもどこでも、研修を必要とされる所以かもしれません。




サッカーでもビジネスでも組織としての有りようは、



個人の能力と組織力アップは、「選択ではなく車の両輪」である事を



忘れがちな私にラジオの野球中継が再度思い起こしてくれた瞬間でした。






最後までお読みいただきありがとうございました。






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| 組織力向上 | 16:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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{ 今日のいっぷく }



OSPブログ133号(号泣議員と脱法ハーブ議員)       



このブログでは、政治と宗教には踏み込まないと決めていますが、ここ数日、地方議員

の政務活動費問題や脱法ハーブ使用問題でメディアを賑わしている状況を、一般的な

「人事評価」の視点で考えてみることにしました。




いわゆる三面記事のレベルとも思えるこれらのニュースも、税金を不正使用したり、

ハーブ使用という違法行為に政治家が関与したことから、メディアでは政治の括りで

扱っているようです。



号泣議員にいたっては、ニュースの映像で泣き叫んでいるのを見て視聴者には驚きの

インパクトを与えていますが、しかしWEBではこの御仁に、励ましがあったり、理解を

示す人もおられるとも聞き、世も様々なのだと思っています。



日本には地方議員の数が2013年12月の調べで、都道府県議会議員が2、735人、

市区町村議会議員が31,741人在籍していたようです。




その「数が多いか少ないか」には論があるかもしれませんが、少なくても、この人件費

が「膨大」であることには驚かされるのではないかと思います。




もとより、大方の議員は社会貢献を担いたい一心で当選を果たし、業務を遂行されて

いると思います。




とはいうもののこれらの事件を、2.735分の2だけの県議会議員の問題として片付けて

いいのかどうかの問題は残ります。



何故なら、事件の内容は「違法性がある」とする特殊な事件ですので必ずしも同列

には論ずることができませんが、「政治家の資質の問題」と捉えると、このレベルの

話は国政にも地方にも少なくないようにも思えるからです。




この二人、辞職したとのことですが、「私達選挙民の責任」としても捉える

必要もあるのではないかと思っています。



そんな議員を選んだのは、誰でもない、私達なのですから・・・。



二人は、私達に身近な政治家をもう一度よく見定めるべく、いい機会を与えて

くれたように思います。





選挙民は「ふさわしい政治家を渇望」しています。


「ふさわしい政治家」を選ぶことは私達の大きな仕事です。




唐突ですがこのことは、組織の人材登用とよく似ていると思うのです。

人材登用には登用基準を設定している組織もあります。



にもかかわらず、必ずしも適切な人材登用と云えない結果もあるようですので、

人事は難しいということになります。




政治家の選択も同じです。選挙の場合、選択基準が個々人で違いますので難しい

事ではあるのですが、少なくても選挙民は、「わが身の損得」、「情実」

などではなく、「責任の取り方」など「客観的な資質基準」を設定しておくことも

大事ではないかと思っています。






組織では適材適所で人を生かそうとします。


政治家の場合も、政治よりも他の世界で、力を発揮させたいと思わせる「立候補者」

もいます。




一義的には、「選ばれよう」とする人自らが、「自分を知ること」から始めるべきなの

ですが、「選ぶ方」も無理に政治家に押し上げるのではなく、他の道に導くことも

選択肢の一つと考えることも必要と思うのです。




この二人も政治家以外に「自分を生かす道」があったのかもしれないのです。




「政治家の選び方」をもっと学ぶ必要があると思わされた事件ではありました。





最後までお読みいただきありがとうございました。






| 未分類 | 17:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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{ 今日のいっぷく }



OSPブログ132号(云い訳「想定外」)              



 以前、「想定内」という言葉をメディアで毎日のように多用された時があります。

最近また国会論争の中で「想定内」、「想定外」が論議されております。




定義を辞書に頼ると、「事前に予想した範囲内に収まっている事」とされています。




人は日常、「想定外」という言葉を、自然災害や不慮の事故、政治・社会情勢、更には

対人関係、サプライズの創出など様々な場面で使います。




しかし、人に喜びや感動を与える時の「想定外」は、人を豊かな気持ちにさせてくれ

ますので、「深刻な問題」として捉えられることは少ないようです。




「問題」となるのは、何らかのリスクが生じるケースで、特に人為的な判断・

行為の結果としての「想定外」が生じた場面です。





一般的に日常の社会生活においても、不注意により「予期しない事象」を生じさせ、

周囲に「面倒な局面を提供」してしまうこともあります。




したがって、企業が健全経営を目指すため、リスクマネジメントを重要課題として

「想定外」を織り込みにして、「揺るぎない経営」を目指すのも当然のことと頷ける

のです。




また、巷での社会生活の中でも、行き当たりばったりの物事処理など、準備不足や

思慮不足のため、期待した効果が得られず、エネルギーや時間のロスにつながる場合

もあるのですが、その時「これは想定外であった!」などと、自責から逃れる

ための「云い訳想定外」などの発言はよく耳にする話です。






一方、家庭内のささやかな事例をとっても同じです。「健康管理」における「想定外」が

あります。



一般的に酒やたばこによる病気の誘発は「想定内」として納得するのですが、精密

検査を受けることを指摘されながら放置して発症した病気に対して「想定外」を持ち

だしたりする御仁もおられます。



家庭人としての責務の欠如とご家族に非難を受けても仕方のない事かもしれません。




「想定外」を「云い訳」に使うのは、一種の癖だと思うのです




いずれにしても、個人に帰属する問題は個人で処理すればいいことですが、社会に

大きな影響を及ぼす場面での「想定外」、「想定内」の問題は深刻になることがあり

ます。




特に国や地域の存亡に影響を及ぼす政治や公共性の高い職務に従事される

方々には、この癖を早めに修正していただきたいと思う時があります。




「想定内」「想定外」の判断は「知識と知恵に比例する」時があります




時折大きな損失を社会に与えておきながら、「知識と知恵の不備を脇に置き」、


一言、「想定外」であったと責めを逃れようとする「重鎮たち」の無責任さに唖然

とさせられる時があります。






そんな方々に対して人々は、「云い訳想定外」の癖を早く「治療」し、「重責を担える


人となるための研鑽をつまれることを求めている」のですが、



分かっていただけているかどうか・・・。「ウーン!」。




最後までお読みいただきありがとうございました





| 信頼構築 | 17:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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{ 乗り越える }


OSPブログ131号(サボる勇気も必要です)


私の住んでる地域は今、梅雨の真っただ中です。

日本の四季はそれぞれに美しいと言われます。

でも私はどんより曇り空はあまり好きではありません。


「お天気屋」といわれる所以です。


そのためかどうか判りませんが、梅雨の時期は特に何もしたくない日があります。




とにかくダラダラしていたいのです。



結局エネルギー不足と決めつけ、対策として充電しようと考えるのです。




世の中には私に似た症状をお持ちの方が結構おられるようで、

「どのようにしてやる気を起こすのか?」などと様々な支援を申し出られている方々も

おられます。



しかし、人間の気持ちはなかなか簡単にはいかない難しさもあるようです。



最近私は、自分で勝手に対処を考え実行していることがあります。

少しだけご披露させていただこうと思います。



基本は「今日一日、ダラダラする」と決めることから始まります。


テレビを見たり、昼寝をしたり、食べたいものを食べたり、


とにかく想いのままの怠惰を決め込むのです。




自分はエネルギーを充電しなければ動けないと思いこみます。

したがって、基本、仕事はしません。



急ぎのものは関係者に後回しの承諾を得るか、誰かに頼むか、いずれ自分を徹底


解放するのです。



そのために少し気がひけますが、既に亡くなっている両親や、突然の腹痛など

嘘満載を駆使するのです。



一日ダラダラすることに決めたのですから、これはキチンと実行しなければ

なりません。




そこで、あれこれしなければならない事など思い起こした時は、決心とは

違うと自らを強く戒めます。




心身の不備である場合、健康の預金や借金、交代など出来る筈もなく、ましてや、

自分のエネルギー補充さえ、誰かに頼めることだなどと幻想をもってはならない

のです。



まして、これで社会的に信用が無くなるなどと思うのは、もともとそれだけの

培いしかないのだと思わなければならないのです。




「ダラダラ」場所は誰にも邪魔にされないところを選びます。


家であればとにかく横になることから始めます。

テレビも見ます。眠りもします。場所が外で有れば、海に向かいます。



大事なことは決して、無理に仕事をしたり、脳に命じたりして自分に負担は

かけないことです。あとはひたすら妄想の世界に入るのです。




妄想は「何の根拠もないことに思いを馳せる」ことですが、自分が求めている世界に

浸かるのです。



現実的でないから妄想です。手に入る、入らないは関係ないのです。




静かにその世界を満喫するのです。そこには自分が心から満足できる

ステージがあります。





政治家であろうが、学者であろうが、芸術家であろうが何にでもなれるのです。


何でも手に入れることができるのです。そんな時間を持つうち、不思議です。


自分が何をしたいのか、どうなりたいのかが見えてくることがあります。


そして、いつの間にか自分がこれからどうするかを考え始め、行動したくなる事

があります。




時々「ダラダラ」効果に感謝しております。




最後までお読みいただきありがとうございました。




| セルフマネジメント | 18:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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