ワン ステップ プログレス 

想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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{ 暇なときにみるブログ }

OSPブログ117号(人事異動)            

4月になると、桜の花も開き、春の日差しを浴びて、心地よい風を感じ

ます。日本人が待ち望む季節です。



ところが私には、4月を迎えると、毎年心のざわめきを思い起こすことが

あります。



組織によってはまちまちなのですが、役所の「人事異動」は4月の発令が

一般的です。私は地方公務員でした。

喜ぶ人もおられれば、落胆する人もおられます。希望セクションへの異動や

昇格がもたらすサラリーマンたちの4月の風景です。


今の若者たちは「責任が重くなるので出世はいらない、ただ、たのしい

職場、休みが多い職場を好む傾向にある」とも聞きますが、「異動での

希望者が少ないわけではない」とも聞こえてきますので、自分の納得

できる仕事やセクションを求める傾向だけは、昔と変わらないということ

になるのかもしれません。



さて、希望通り異動に成功した幸運者はさておき、「残念な

結果で屈辱や自己嫌悪を感じておられる御仁」がおられるとしたら、

十分な経験を持つ私は、「大きなお世話」と知りながら「出来る限り早く

そこからの脱出」をお薦めしたくなるのです。




一言で云えば、どんな職場であっても「辞めたいほどではない」としたら、

今の立場を「生涯サイズで活用する方法」を考えることもいいのではない

かと思えることです。


人のすることです。


「適材適所」の人事にも間違いがあるのです。異動結果をとやかく

云っても始まりません。


それより自分磨きに集中することが自分に有意義なことは誰もが気づか

れていることです。


従って、先ずは「異動の目的」が果たせなかったとしても、決して

「屈辱や自己嫌悪の罠」にはまってはならないということになります。


それより、職務が自分の目標にどのように貢献出来るかを考え

直すことから始めることが有効のようです。



当時悶々としている私を尻目に、同じ境遇を与えられながらも、今や

輝かしい日々を送られている方がおられます。


私との大きな違いは

彼は自分の人生の「目標設定」を目指したのです。


一時「屈辱と自己嫌悪」に苛まされながらも、そのあと、自分の仕事

を見直し、自分の「目標に資する要素」の発見に努めそれを磨いたの

です。

結果、もっと大きなステージを手に入れたのです。

人と交わることが不得意で、営業行為に四苦八苦していた彼です。

早く逃げたいと毎年異動の希望を出しても叶わなかった彼です。


後日談です。「逃げられない」と覚悟して決心したそうです。


小さなこと、今自分で出来ることの繰り返しから始め、少しずつ自信を

深めたと言います



同じ手法を用いた人が他にもおられます。論理的な事業計画書が苦手で、


いつも上司に叱られていた同僚です。

今や彼がいなければ組織は動かないと言われているのです。


もとはと云えば異動で現状から「逃げよう」とした人たちです。


私達の身近には宝の山があるのかもしれません。

ただそれをどう発見し、活用出来るかが大きなカギになるようです。




「遅くない!」、今そう自分に言い聞かせて足元を見つめ直すことから始めている私です。



最後までお読みいただきありがとうございました。



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| セルフマネジメント | 22:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「雑談の付加価値」

OSPブログ116号(雑談の付加価値)              



さて、今週も先週に引き続き「会話」をテーマにしたいと思います。


皆様の最近のコミュニケーション環境は順調に推移しておられるでしょうか。


広辞苑によりますと、「会話とは二人あるいは少人数で、向かい合って話し

合うこと」、とありますし、「コミュニケーションとは相互に

了解を志向しながら強制なき合意形成を目指す言語行為を云う
」、

とあります。



いずれにしても、コミュニケーションには会話が有効なツール

であることには間違いないことということになります。




しかしこの「コミュニケーション」の「合意形成を目指す言語

行為」が人々に面倒だと思わせていることもあり
、結果として

コミュニケーション能力の向上の必要性が促され、アチコチでその手法が

提案されているようです。



よく考えてみると、人間生まれた瞬間から意思の伝達を開始します。


間もなく言葉を覚え、文字も学んで意思を伝え合って日々の生活を送り

ます。



その中でも「雑談」の範疇に入る場面が一番多いのかもしれませんが、

たとえ、「雑談」の好きな人・嫌いな人、得意な人・不得意な人・雑談

できる場所・出来ない場所など誰もが同じとは言えないまでも、「会話」

自体は幼いころから日常的な作業となっています。


家庭、学校、職場の片隅、喫煙所、集会所、井戸端など、兎に角人と顔を

合わせると、言葉を交わすことになります。


そして感情の伝え合いで1日が繰り返されていきます。


ところで、自分を振り返りますと「コミュニケーション」の効用となると

万全ではなかったと反省しております。



そして特に「決定的な断絶」を生じさせたコミュニケーション

については大きな悔恨になっております。



また時折、「勝ち負け」にこだわって「恫喝」「無礼」、「詭弁」

「ごまかし」「自己本位」などの領域で議論を進める会議や対話などに

遭遇することもありましたが、これも決して「良好な生産や建設」には

結びつきにくい現実であったと思います。



人は幼いころから人との「会話」を数えきれないほど経験しております。



年齢に関わらず、日々の「雑談」から「重要な会議」まで

たくさん言葉のやりとりをしているのです。




にもかかわらず、年齢を経てもコミュニケーション能力が不十分だと

いうのは、日々の会話での培いが奏功していないということになる

のかもしれません。





とすると折角の機会を学びの場としていなかったと、今更

ながら反省させられるのです。





これからは、この「雑談」をもっと価値ある場として見直す

必要があると思っています。



たとえ「コミュニケーション」を「合意形成を目指す言語行為」と解して、

「自己本位」の自己主張などでは信頼構築できないことを十分念頭に置く

にしても、少なくても一般的なスキルとしての「聞き方」、「伝え方」

などコミュニケーションの基本レベルの訓練は十分できる場と

認識することが大切だと




恥ずかしながら今になって気付いているのです。





最後まで、読んでいただきありがとうございました。





| セルフマネジメント | 21:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「タブレット」

OSPブログ115号(タブレット)                   


先日、居酒屋で友人たちと懇談していた時の話です。ある友人が「飲食店での

若いカップルを見ると、会話している組とスマホに熱心で会話の少ない組がいる

けど、あれは大体、会話の少ないのが夫婦で、会話しているのは恋人同士か訳

あり同士だね」と云うのです。


「何を根拠に?」と思いながら、どうでもいい話だとその時は通り過ごしたの

ですが、それ以降、飲食店での若いカップルになんとなく目が行くようになって

いるのです。


観察するとテーブルをはさみながらも、確かに会話よりスマホに余念がなかった

り、漫画に夢中になっている親子や若夫婦も少なくないようにも思えます。


とても静かです。事の真偽は分かりませんが、今は近くの人ともスマホでコミュ

ニケーションをとりあっている人たちが多いという話も聞きます。


日々人との関わりが煩わしく、たまには気遣いやしがらみのない会話でありたい

と思っているのか、それとも現象そのものが新たなコミュニケーションのスタイル

なのかとも考えさせられていますが、持っていない私としては、スマホやタブ

レットにも人を夢中にさせる何かがあるからだろうと思わされています。



一方、高齢の方で、通販のコールセンターの担当者と電話で1時間も話している

という方とお会いしました。

彼は独身なのですが、「からかっていると楽しいんだよ!」と云った後、

「ま、最後には悪いから一品ぐらい注文してやるけどね」と云うのです。


その話を聞いて「通販の担当者たちが、高齢者の話を良く聞くことも仕事の範囲

内にしている」、という噂もあながちウソではないように思えてきたのです。

更にその方の話です。

「月二回くらい居酒屋にも行くけど、そこで友達が出来たりもするので、これも

楽しみの一つだね」と云うのです。


高齢になると特にですが一般的に社会との接点が次第に薄くなります。

従って会話する機会も少なくなりますので、その反動かもしれないと思って

しまいます。



半年ほど前だったでしょうか。ホームセンターで、陳列していた俗に云うユル

キャラの人形に、話しかけている50歳ぐらいの男性に遭遇したことがあります。



彼は私をみてニッコリ笑うのです。合点がいきました。その人形が男性の話し

言葉を真似るのです。


「面白いだろう?」彼の笑顔がそう言っているのです。



その時、私は以前TVで見た「話すロボット」を思いだしていました。

話すだけでなく動きも人間並みにスムーズなのです。この世界も大変な進化だと

思ったものです。



結局人は年齢に関係なく「だれかと話したい」、という欲求があるということに

なりそうです。



しかし社会との接点がイヤでなければ、「出来るだけ関わりたいと思う人とだけ」

などと、制限することだけはしない方が賢明な気はするのです。



私は決心しました。互いに存在を認め合いながらの上質なコミュニケーション能力

を身につけることを一義的にするとしても、加えてタブレットをも駆使する

ことで、コミュニケーションの幅を広げられるかもしれないと考え

、早速教室に参加することにしたのです。


この二つのスキルの使い分けで、キッと身構えることなく自然に人や社会との

関わりができるようになるだろうことを期待しているのですが・・。~ウーン~。





最後までお読みいただきありがとうございました。

| セルフマネジメント | 18:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「雪解け・春」

OSPブログ114号(雪解け・春)                                     


先日、首都圏など日常雪積の対策をあまり必要としない地域に大雪が降りました。

TVでも死者まで出したこの自然災害が、更に停電や交通の遮断による孤立集落を

発生させるなど、人々の生活に多くの障害をもたらした事実を一日がかりで報道

していました。



私は雪国に住んでいます。雪への対応は地域の大きな課題ですので、行政にしても

地域住民にしても日常生活における対応のノウハウはある程度持ち合わせてはいま

すが、それでも例年、人命のほか農業や家屋など大きな被害に見舞われますので、

雪に慣れておられない地域の方々のご苦労は容易に推測できるのです。


お見舞い申し上げたいと思います。



自然には、雪だけでなく、地震、水害など必ず有する潜在的

課題があります。




この自然への対応について私達がどれほど予知できるかを試されているのかもしれ

ません。



折しも今年はロシアのソチで冬のオリンピック、パラリンピックを開催している

のですが、雪が無ければ開催できないことでもあります。


そしてこの雪も人々に時には美しい景観を提供したり、喜びも与えて

くれますので、雪との向き合い方にはまだまだ私達は学ばなければならない

課題があるということになりそうです。




ところでこんな雪国ですので、人々は毎年雪の消える「春」をひたすら

待っています。



ようやく雪解けの時期になると、道端や田圃には土筆などが芽を出し始めます。

世間の様相が「春」に一変するのです。厳しい寒さや雪を乗り越えてようやく

光を満喫できる日々が来るのです。



春の光は雪国の人々に大きな喜びを与えます。たとえ、道路から雪が消え埃が

舞い始めたり、側溝の残雪が泥の混ざりで汚い様相を呈していたとしても、

これから迎える春は何物にも代え難く人々にたくさんの笑顔をもたらして

くれるのです。




自然との共存は難しい課題で、あらゆる分野で対応の研究がされております。

人間の英知がどこまで及ぶかは図りしれませんが、雪には害だけでは

なく恩恵があることも事実です。




雪は大地に綺麗な水を蓄えます。一般的に雪国には水が豊富だといわれる所以

ですが、綺麗な水であるからこそ美味しいお米など作物の収穫にもつながると

いうことになります。



卑近な例で恐縮ですが、水が良い土地は、うまい米、うまい酒、美人と続くのが

通り相場と云われています。



このように考えると雪の存在も「両刃の剣」みたいに思えたりします。




最近、地震など自然災害発生の時、どこへ何を持って逃げるかなど災害対策に

ついて啓蒙活動が盛んです。



私自身、この自然災害から逃れようとすれば、「先ずは逃げること」から始める

しかありません。


私にとって一番大事なものはやはり「命」だからです。


ところがです。「どうして命が大事か」と自問自答しているうち、

「この後、生きてやりたいことは何なのか」につき当たりました。




驚いています。いつの間にか「雪」に「私の命の意味」を考えさせ

られています。



そんな私はやはり短絡的だということでしょうか?



複雑な気持ちになっています。






最後までお読みいただきありがとうございました。






| 未分類 | 15:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「お知らせ」です

    
(秋田初)「ドリームマップ無料説明会」を開催します。

☆こんな皆様、ご集合ください。夢を「見える化」します。

◎セカンドライフで「夢を実現」させたい方。
(定年後や子育て終了後をお考えの方などには有効です)
◎自分の夢(目標)をはっきりさせたい方、など。
   (夢の現実化を実感してください)


日時 3月15日(土) AM10:00から10:45(45分間)

秋田県民会館 3F練習室

持参 筆記用具


主催 (一社)ドリームマップ普及協会 ドリームマップ認定講師「青山」
   「ワンステッププログレス」http://yamatoito.blog.fc2.com/

         
  

| 未分類 | 05:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「風が吹けば 桶屋が儲かる」

OSPブログ113号(風が吹けば桶屋が儲かる)          


「『目先』の利益追求だけを云々する人たちに会うと残念だと思ってしまうよねぇ。

『風が吹けば桶屋が儲かる』という諺もあるのにねぇ」、といかにも無念そうに話した

友人がいます。



「風が吹けば・・・」は落語にもある話ですが、ご存知のように辞書には

「ある事柄の発生により、一見すると全く関係のないと思われる場所、物事に影が及ぶ事

の比喩」
とあります。



これは「大風が吹けば桶屋が喜ぶ」という日本の諺でどなたもがご存じと思いますので、

内容については辞書に譲ることとします。


彼が言いたかったのは、「ビジネスマンの目先だけの論理に終始する言動は、

個人にも組織にも大きな貢献にはなりにくい。

もっと将来展望を踏まえた言動でありたい」、
そう言いたかったのだと私は

受け止めています。



上記の諺には「因果関係を無理やりつなげてできたこじつけ」との反論もありますが、

彼はそこまでの議論を求めての発言ではなかったのです。


単に効果的な結果をもたらすには「目先だけでの対処だけでは不十分」だという、

ただそれだけの話なのです。



言いかえると、効果的な職務の追求や、目標実現については「目の前の物事に対する

『目先』のことだけではなく、将来展望も踏まえた言動でありたい」と言っただけなのです。



一般的に個人でも組織でも短期・長期の事業計画を策定します。いわばこの両建ての計画

を立ててもなお不十分として、いつも次の戦略を練るのが現実的なのですが、

計画に限らず戦略でも「将来展望」に基づく戦略が必要だと言いたかったのでしょう。



確かに私も時折、残念ながら目先のことにキュウキュウとしている人や組織に遭遇すること

があります。


しかし、なかには今日明日を生きるためや、半年先の職員給与の支払いに迫られ仕方なくと

いう経営状況にある場合などもあるのです。


問題は、順調に推移している時、まさに長期戦略を考える余裕があるときに、そのまま

放置している場合なのです。



「当たり前のこと!」。多分誰もがそう言うに違いないのです。しかし結構これが落とし

穴なのです。


「やっているつもりが、やっていない」こともあるということです。



個人であろうが組織であろうが、世の中価値観はともかく、「レベルでの比較」

は通り相場になっています。



結果として効果的に推移している人や組織がありますし、思うような結果を派生

させることができない人や組織もあります。



この違いを生じさせる原因に「目先だけの対処療法だけでは不足」だということも強ち

否定できない気もしています。



とはいうものの、私自身これまで日常の場面や所属していた組織で、意識的に何が効果的

なのかなど十分な議論や思慮、検討のないまま推移してしまった事も少なくないように

思えています。



方、「目先が利く」という言葉もあります。「先を見通す,機転が利く」


という意味のようですが、確かに「目先を見る」と「目先が利く」の二つの言葉を心


がけることが友人の気持ちに合致することなのかもしれません。





最後までお読みいただきありがとうございました。






| マネジメント | 17:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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