ワン ステップ プログレス 

想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

2013年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年10月

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携帯電話

OSPブログ91号(携帯電話)            

先日公園で偶然、しかめっ面で携帯電話で話している友人を見かけました。


「元気?」と声をかけた私に電話を耳から離して、「よう!」と返事をした

ものの、「どうしたの?」との私の問いに、「カミさんと待ち合わせているんだけど、

どこにいるのか分からない」と周りをきょろきょろするのです。


私も奥様を存じているのであちこち見まわしていると、丁度遥か反対側に携帯電話

片手の奥様がいたのです。



「あそこにいるのは奥さんでない?」、といった私に

「ホントだ!何してるんだ、あいつは!」と云いながらもほっとした顔をしています。



「じゃあ、また!」と云いながら私はその場から離れたのですが、待ち合わせで

反対側に位置した二人が携帯電話で確認し合う姿はそれほど珍しくはない光景にも

思います。



携帯電話は大変便利です。いつでもどこでも話せる便利さは人々にとって手放すこと

が出来ない必需品になっています。



そして街角には公衆電話の姿も見えなくなってきています。



私は企業研修で時折「コミュニケーション」を取り上げ「確認作業」の大事さを研修

していますが、「待ち合わせ場所」の行き違いもコミュニケーションの要素である

「確認作業」の手抜きが原因と思うのです。




もともと「確認・合意」形成には後でトラブルにならないよう「具体性を確保」する

必要があるのですが、いつでも連絡が取り合えるという安心感からか、「携帯電話」は

その作業を緩慢にさせているようにも思えます。




公園が広い場合、もう少し場所を詳しく特定した合意をしておく必要があるのですが、

携帯電話があることでついおざなり作業になるのです。


携帯電話がない時に比べて事前の確認作業がおろそかになっているのかも知れません。 



公園の待ち合わせではまだ大過はないかもしれませんが、ビジネスなど大事な時の

手抜きは少し面倒になります。



例えば会社です。外出した部下の社員に、上司が時折かける電話があります。

「○○の件はどうなったと言った?××の書類はどこに置くと言った?」

などと確認の電話を入れます。


部下ですので「だから言ったろう?何回言えば判るんだ!」と心で叫んでもどうに

もなりません。もう一度電話で説明することになるのです。


しかしこの場合でも伝え方と聞き方双方に、いつでも確認できるという安易な気持ちが

あるからのようにも思えます。




当人たちはスピーディに事を運んでいるつもりかも知れませんが、結局は合意形成の手抜

きによって無駄な時間とエネルギーのロスを生じさせているのではないかと思うのです。




これが大事件にならなければと願うのですが、少なくとも小出しにしながら、

ギリギリのところで物事を決めたり、完結したりするコミュニケーションだけは

避けた方がいいように思います。
 



やはり日頃から基本である「聞き方と伝え方」には念には念を入れてトレーニング

しておくことが肝要と思いますが、貴方はどう思われますか?
    
    


 最後までお読みいただきありがとうございました。












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| 伝達 | 17:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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丈夫でなければ・・・。

OSPブログ90号(丈夫でなければ・・・!)        


高齢化社会です。病院通いの方が増え続け国費の支出も厳しくなり、社会保険料も

自己負担率を誰にどの程度課していいのか盛んに論じられています。


また病院の現状をみると患者の数が多すぎて十分な対応が出来ないと悩んでいる

病院もあると聞きます。


特に大学病院など大病院では外来待合室に人があふれ「待ち時間」が何時間にも

及ぶこともあるようです。



私も、月に1度ぐらいの頻度で総合病院に通っています。

終わるのは大体お昼ですので、約半日がかりとなります。

一方お医者さんも昼食を取る時間がないほど加重労働を強いられてもいるのも

事実のようです。



厚生労働省の調べでは、1時間以上の待ち時間が中病院では29.7%、大病院では

28.8%となっていますが、実際にはこの数字よりもっと高いように思えます。




待ち時間に不満を持ってる患者は当然にも50%を超えていると言われている

ようですが、そこで奨励されているのが大病院から開業医へのシフトです。


しかし設備や総合病院という「安堵感等」が「待ち時間」より重要視されて

いるようで、中・大病院の患者数はなかなか減らないようです。




待ち時間が長い原因は患者数が多いとか、医師の処理速度が低いとか言われて

いますが、1患者あたりの診察はそんなに時間を費やしてはいない実態をみると

一概に言えない難しい問題があるようです。



 先日大病院で知り合いに会いました。「いつも数時間待たされる。しんどい時が

結構ある。早目に診察してもらいたけどなかなかそうはならない。」


と苦しそうに訴えるのです。



多分患者の誰もが思っていることだと思います。診てもらえるのだからと

「あきらめ」の思いで、呼ばれるまでじっと耐えているのです。



私も同病ですので、「そうなんだよねえ」というしかありませんでした。


しかし、彼が次に放った言葉が衝撃的でした。そして不謹慎にも笑ってしまったのです。


「丈夫でないと病院に来れないな!」。笑うに笑えないこの言葉が今でも頭から


離れません。




多くの人がラジオ体操から始まり、ジョギングやスポーツなど健康第一とそれぞれ

工夫したり、努力をしています。



人は「心と体のバランス」が大事だとされています。更には社会生活を営むためには、

環境、経済、人間関係、仕事などのバランスも大事だと言われています。
 



「バランス」を確保するため、自己管理・健康管理が大事であり、そのために

セルフマネジメントが奨励されております。





そこで今の私は、とりあえず「丈夫でないと病院に来れないな!」などと

言わなくてもいいように、「待ち時間」に耐えられる「体力づくり」から

励まなければと思っているところです。
    



最後までお読みいただきありがとうございました。





| セルフマネジメント | 18:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「身につく」と「身につける」

OSPブログ89号(「身につく」と「身につける」)     

人は生涯測り知れないほど様々なことを学びます。当然ですが人生構築には

欠かすことが出来ないものばかりです。


そして、成長するに伴い様々なことを「身につけて」いきます。

それが、技術であったり、知恵であったり、行動であったりで、必要に応じて

自由に駆使できる自分を形成していくのです。


ところで、様々な学びで、無意識のうちに「身についているもの」が

沢山あります。





いつ、どのようにして「身についた」かハッキリしないのですが、経験則で

学習・会得しているのだと推測出来ます。


しかし社会生活を営む人々にとっては、当然にもこの「無意識」とも思われる

「身につく」だけでは不足だと思われています。


各自の欲望を満たすためには、意識的に「身につける」必要のあるものを探し

始める必要がでてくるということです。
 



「身につける」と思うのは、その先の何かを得ようとするためのツールとして

必要を感じているのだと思います。


これは「身についたもの」と違い、かなり意識的に手に入れようとしますので、

労力は勿論、時には苦痛も伴います。


それでも生涯かけて身につけようとする人もいますが、時々その苦痛に押し

つぶされそうになって、「身につける」ことを断念する人もいます。




この「身につける」ことで迎える人生の終章が大きく違うと主張される方が

おられます。



人が「身につける」ことに終生を賭けようとするのは、その人にとって

それだけの「価値」があるということであり、それがその人の生きる目標に

大きく寄与するからだと思います。
 


しかし、人の生き方には様々あります。一方では「身につける」ことにそれほど

拘泥しなくても、自然に身に付いたと思われることもあります。



これらの活用にはそれほど苦痛は伴いません。



だとするとそれを今度は意識的に磨きをかけることが、その人にとって

「究極の目的」に辿りつく一方法かもしれないと思えたりします。




人は時折、自分は本当に「身につけたいことは何なのか」、それは

「どうして身につける必要があるのか」、「その先に何を見ているのか」

を振り返ってみる必要がありそうです。



意識・無意識を問わず目標さえ決まったら、出来るか出来ないかではなく、

「やるかやらないか」に気持ちをシフトすることが大事と云われます。



結局は自分の人生構築は、「気持ち次第、本気度次第」ということなのでしょうか。







最後までお読みいただきありがとうございました。

| セルフマネジメント | 22:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「錯覚」の効用

OSPブログ88号(錯覚の効用)          

40代に入ったころでしょうか。私も職場で少しだけ職階が上った時代が

ありました。


部下も何人か配置されチームを束ねることになったのです。


その時私は、「少しだけ」偉くなった気持ちが次第に、「少しだけ」でなく

なっていったように思います。




人は自信を持つことは非常に大事なことですが、同時にそのレベルを的確に

自覚する必要があります。これが私に欠けていたのです。
 



時々、俺は皆に好かれている、自分は頭がいいから間違いはない、人は○○と

考えるのが普通だ、などと自信満々に発言する人を見受けます。



一方では、私はブスだから異性も相手にしてくれない、何の取り柄もない、

能力もない、などと自信喪失の人もいます。どちらも行き過ぎないよう

注意する必要がありそうです。


私の職階が上った時の話ですが、ほんの少し、しかもその組織の中の小さな

出来事である「昇格」であるにも関わらず、私は相当「自信度を増幅」

していったようです。



たとえ自分としては思いやりを持った上司であると思っていても、

部下は自分に忠実でなければならない、自分の言うことには従うべきだ、

とするスタンスは当然にも部下たちに受け入れられることではなかったのです。


また、私は地方公務員でした。「公務員は頭が高い」よく言われたものです。

そこで住民への対応も頭を低く対応していたのですが、簡単に受け入れては

もらえなかったこともあります。


自分の慢心が見え隠れする頭の下げ方を他人はすぐ見抜くということです。




結局は、人として未熟の一言に尽きるのですが、言いかえれば自分を過大評価

してしまうことの裏返しで、「錯覚」に陥ったという言い方もできるのかも

しれません。気をつけなければいけないことです。





しかし考えてみると、自信喪失に陥った「錯覚」は他に譲ることとしても、

自信過剰の「錯覚」は自分のモチベーション持続を高める手法としては大変

有効な場合もあると思えます。




自分に出来ないことなどない、自分はきっと○○になれるなどと思い込み、

前に進む時の「錯覚」は捨てたものでもない気もします。




「錯覚」も使いようということでしょうか。



ただ問題は、この「錯覚」を自分だけの胸に秘めて、他人には不快感を与えない

ことに十分留意する必要があるということです。いわば、「錯覚を自分だけのため」

にどう活用するかを学ぶ必要があるということかもしれません。





自分が「錯覚」で相対しているかどうかは、人との接し方ですぐ確認できます。

相手の表情はうそをつきません。


従って自分自身日頃からそれを素早く見抜く直観力と、セルフコントロールを

身につけることが大事だということを今頃になって気づかされている私です。
   



最後までお読みいただきありがとうございました。






| セルフコントロール | 13:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ワンコインセミナーの開催

コミュニケーショントレーニングのセミナー開催します。

その場できっちり身に着けていただきます。



特別開催ですので月2回全6回で終了します。

先着12名で予約制とさせていただきます。


☆ 申込はこのブログの「メールフォーム」でお願いします。



月日 9月11日(水)「あなたと話したいとおもわせる」、
   
   9月25日(水)「あ!そうかと言わせたい」
  
   (10月2回、11月・12月は1回の開催です)


時間 いずれも   1815分~1945分


場所 秋田市県民会館「ジョイナス」


参加費  500円(今回に限っています)



☆ スキルのプレゼントを用意しています。




    早めの申し込みをお待ちしています。





| セミナー | 16:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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離職率 7:5:3

OSPブログ87号(離職率7:5:3)2013/9/1


最近業種によってはですが、雇用が少し上昇傾向にあると報道されています。

就活相談に応じている学校関係の方々も喜んでおられるのではと推察して

おります。
 
ただ水を差すわけではないのですが一方では、就職後3年以内の離職率を

長年議論されていることも事実です。


この現実を私たちはどう捉えたら良いのでしょうか。


厚生労働省は2012年、就職してから3年以内の離職率が、中学卒で70%、

高校卒で50%、大学卒で30%とこれまでと同じような結果を報告して

おります。いわゆる7;5:3といわれている報告です。



離職後、フリーターとなってそれぞれ道を探し始める人も多いと聞きます。



フリーターには自分の好きなことが見つかるまでと考える人,

正規雇用の仕事が見つかるまでと考える人、ひたすら夢を追いかけている人など、

考え方は様々のようです。



この現象は職場にとっても本人にとっても好ましい状況ではないと思うのは

私だけでしょうか。



如何に職選びが人生構築に大事なことかということの証のように思えます。



以前から、この離職問題にどう対処したらいいか、国や地方など関係機関で議論されて

おりますが、なかなか出口が見えないようです。



職を選び、職場を選定し、職務に就いてからの責任などは確かに本人の問題です。

ましてや、離職の原因も個人によって異なることも事実と思います。



しかし、どなたにも言えることだと思うのですが、仕事を選択する前に

考えるべきことは何か、そしてそれを考えられる環境づくりが整備されているか

どうか改めて考えてみることも必要ではないかと思うのです。




若年層に対して特に思うことは、言い過ぎならお詫びしますが、中学、高校の

生徒は勿論、大学生においても、自分の人生をどう構築していくか、そのための

仕事として何を選択するかなど確かなビジョンを持っている人は少数派ではないか

ということです。



この離職率を下げる一助として、就活時以前から自分のミッションは何か、

自分の価値観は何か、自分の強みは何かなどを知った上で、それぞれ明確な

目標を設定できるようサポート体制を充実させることも有効ではないかと

思えることです。



就職希望者には個人的に事情も異なり対策としては難しい問題であると思います。



しかし、
「人は誰でも使命と魅力を持っています」。これを十分自覚してほしいと思うのです。



老婆心ながら、未だの方は早目に探していただきもっと輝いていただきたいと思うのですが、

余計なお世話であったでしょうか?




最後までお読みいただきありがとうございました













| 人の役に立つ | 16:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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