ワン ステップ プログレス 

想いを描いて行動する   ~OSP 自己実現支援研究会~

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「今日のいっぷく」=日曜版




OSPブログ260号(政治家のみなさん、もう少しだけ分かりやすく・・)   2017/7/2



私の地域ではまだ梅雨が明けていません。したがって空はどんよりねずみ色ですが、
幸いにも洪水や風の影響は少なく、天気とは裏腹に穏やかに過ごせる一日です。


体調がすぐれない昨日、一昨日でしたが今日は夕方になって少し体力が戻って
きたように思います。

そこでようやく、久しぶりでブログに着手してみました。

最近の新聞は、国政、都政の問題でにぎやかです。
特に、今日は国政の煽りを受けながらの、東京都議会議員選挙の日です。



前回より、投票率がアップしているように報道されているようですので、政治家たちは
エリを正して業務に専念してもらいたいと思うのです。

最近の国会を見ていると、「国民に安心して任せてくれ」と大きな声で
訴えられる器の人はあまりおられません。

子供のころ、偉人伝を良く読むことを勧められます。


そう考えると、為政者たち政治家に、過去の優れたリーダーたちの資質を
持ち合わせてほしいと思うのは、ないものねだりでしょうか。

とりわけ、偉人と言われる政治家の方々と一番違うことがなんなのかを考えたとき、世の中で一番大事なことがなんだったのか反芻されることで答えは導くことが出来るように思います。

幼い時に立ち返ることで、答えは出てきそうに思います。
ただ、そこに色つきの「オブラート」さえ外せる勇気があればの話ですが。





最後までお読みいただきありがとうございました。





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| 時事問題 | 18:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」日曜版



OSPブログ259号(悪人が悪事を働くわけ・・)   2017/6/4



 毎日、新聞テレビを見ていると、世界に限らず、国内でも、しかも法律や

社会規範に抵触するかどうかなども含めて、様々なニュースが報道されています。


 世界中が戦争やテロに脅かされたり、自国民のためだと説いては自分の

地位を確保する手段としたり、権力保持者が容赦なく弱いものをいじめ

ようとするなど、何が善で何が悪なのかが分かりにくい世の中のように感じます。



 私は、このブログでは政治の世界には立ち入らないことにしていますが、

あまりに混沌としている世界や国内政治を垣間見ては時々憂いているのです。





 先日、NHKのドラマ「ダウントンアビー」を見ていて、なるほどと思わされた

言葉が頭から離れないのです。


「悪人が悪事を働くのは、善人が何もしないからだ!」


と言ったのです。



私には衝撃的でした。どんな人が悪人で、どんな人が善人なのか?

また、悪と善とは何を指すのかはすぐ定義する力は私にはありません。




ただ、言えることは、人間は悪と善の両方を持つ生き物だと思っていますので、

せめて法治国家であるうえは、法に触れた部分で悪とするのが分かりやすい

のかもしれないということだけです。



もっとも、誰もがその割きりでは納得できないとは思っているのですが。


さて、ダウントンアビーです。「善人が何もしない」と言われた時、人々は

自分だけは善人だと言い切るのでしょうか。

悪いことをしなければ善人だと思われるとすれば、この発言には

参加できないかもしれません。

様々の社会現象がありますが、とりわけ権力者やリーダーに蟻が群がる

ように本来の自分の価値観とは異なっても、自己の利益を求めて追随

する姿は多分美しいものではないでしょう。




でも、その人達の弁明を推し量れば、結局自分は善人だと言い

切るように思います。



「善人が何もしない」のではないと思うのです。

それぞれが何かはしているのですが、個人の小さな力では世の中

どうにもならないと思っているだけです。



私は、このTVを見てから、自分は、「何をしたらいいのか」と、
思うようになりました。





私も善人の方の私を引き連れて、ささやかにでも、私らしい行動を起こして

みようと思うのです。





もっとも、時折善人のふりをするリーダーたらんとする輩がいることには
注意が必要ですが・・・。
  




最後までお読みいただきありがとうございました。





| 社会問題 | 16:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」=日曜版



OSPブログ258号(今晩、何食べたい?)    2017/5/28



 病気の私に配慮してと思いますが、朝食が済むと、「今晩、何食べたい?」
と妻が毎朝聞いてきます。


せめて食べるものは好きなものをと思ってくれているのは分かるのですが、
残念ながらこれという「食べたいモノ」は思い浮かばないのです。


もともと、「食」についてはあまり関心がなかった私でしたし、勿論美食家でも
大食家でもない上に、病気で食欲もあまりなく、味覚も鈍っているとなると
答えることが出来ないのが現実なのです。


でも、不思議なことに、中には「ところてんやソーメン」など、あまり栄養価が
高いとは思えなくても、のど越しが良かったり、濃い味の料理は食が進む
こともありますので、それに応えてやりたいと思っているようなのです。




「足るを知る」という言葉が好きですが、あまり欲張らずに幸せを感じられたら
いいと思いながら過ごしてきた人生ですが、食に関してもそんなに欲望は
もてないのです。




それにしても、最近はグルメ花盛りで、おいしいものを写真でフェイスブック
にたくさん乗せられる方がおられます。


また、毎日のチラシにもおいしそうな写真が載っています。


実際私も見ていると脳が、「お!うまそうだな!」と思うのですが、
残念ながら、足を運ぼうとか、宅配してもらおうなどとまでは思わないのです。




食に関心のない人間がいる、家族はかわいそうと思うようになりました。



私は食べたくなくても、家族は食べたいのではないかと思うのです。




もともと勝手な人間でしたので、自分の事しか考えずに何が食べたい
などと言わなかったのですが、医者には栄養を取ってくださいと言われて
いることもあり、あれこれ工夫して食事の世話をしてくれている妻に、
せめて今からでも、多少の気配りをしてあげなければと思い始めたのです。


私にとっては大変な進歩です。




「よし、ステーキにしよう!」とか、「お寿司にしよう!」というのですが、
いざ食べ始めるとあまり私の箸が進まないのです。



次第に、私が食べたいモノだけになります。それでも、あれこれネットで
体に良いものを調べて作っていますので、感謝しなければならないのです。




したがって、最近は自分の身体の事もあり、無理をしてでも
口に運ぶことにしています。




心なしか、体力は上がっているようにも感じるのですが、いつの日か、
妻が本当に食べたいものを好きなだけ食べさせてやりたいと思う
ようになっています。


「養生」。自分の身体を回復させるのが先決なようです。





最後までお読みいただきありがとうございました。






| 雑感 | 12:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」=日曜版




OSPブログ257号(ソヨゴをご存知ですか?)          2017/4/23



柿の木を抜いた後にと、庭師の方が新しい木を植樹してくれることに
なりました。


先日、庭師の方が植樹の提案をするために、家に電話をかけてきたのです。


受けた妻が、もともと庭師の方にお任せだったのですから、よろしくお願い
しますと言ったそうです。


でも、その後ネットで何か調べているのです。



訳を聞いたら、庭師の方から今度植栽する木が、「ソヨーゴ」だと聞いたけど、
初めて聞く木の種類なので、どんな木なのか調べているというのです。



だけど、一生懸命調べても「ソヨーゴ」では出てこない。もしかして「ソーヨゴ」の
間違いかと思い調べても、それでも出てこない。どうしてなのかと思い悩んで
いるのです。



「今度庭師が来たら聞いてみたらいいよ」、と不満顔の妻を見ながらその場は
収まったのです。


2日後、植栽に現れた庭師に今度は私が直接木の名前を教えてくれるよう
頼んだのです。



口頭で「ソ、ヨ、ゴ」です。というのです。


なるほど、「ソヨーゴ」とも聞こえる口頭説明ですので、私は確認しました。


「3文字のソヨゴですか?」、と聞いたのです。


そしたら、「そうです。ソ、ヨ、ゴ、」です。と答えるのです。



妻に、すぐその旨を伝えました。「ソヨーゴ、でもソーヨゴ」でもない。

「ソヨゴ」の3文字だと言ったら、すぐネットで調べた妻が「あった―」と歓喜の
声です。



伝え方、聞き方の難しさを再認識したところです。


世の中、「言った、言わない」、など巷での会話や取引などの世界に限らず、
詐欺や各種トラブルなどが発生しやすい事例です。



したがって、特に商取引などの場合、書面で証拠を残すようにするのですが、
いかなる場合も出来る限りの確認作業をおろそかにしてはいけないように
思いました。



昨今は国会の場での論戦でも、「言った、言わない」、証拠書類もないなどと
言われているのを見ると、人間社会も大して進歩していないのかもしれないなどと、
思ってしまうのです。



その根底に、若し責任逃れや、思い込みによるものも多いとなると、
もうすでに実施しているかもしれないのですが、小学校の頃から、

算数、国語と同じように、社会生活の根底に関わる「聞き方、伝え方」、程度の
コミュニケーションスキルを徹底して学んでおく必要があるのではないかと思って
しまいます。





最後までお読みいただきありがとうございました。






| コミュニケーション | 15:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「今日のいっぷく」=日曜版



OSPブログ256号 (柿の木サラバ)        2017/4/16




私が今の家に転居したのが9年前でした。

以前の家にはもう少し広めの庭があり、実のなる木々もキュウイ、アケビ、
グミ、スグリなど、私が幼い頃馴染んだものを、子供たちにも触れさせたい

と思い植えたのですが、残念ながらファミコンに夢中の子供たちは寄り付き
ませんでした。 



今の家に転居したとき、実がなる木の中で、柿の木だけは移植して
もらったのです。



これまでも依然の家同様、沢山実らせ私たちの味覚を楽しませてくれて
いたのですが、先日思い切って抜いていただいたのです。



転居するとき、柿の木を低木にしていただいたのですが、幹は太く
しっかり根を張って逞しい木になっていたのです。


私の人生もこのように根がしっかり張ったものでありたい、と思うことも
ありました。



低木の理由は、柿の実は干し柿にもできますのでほとんど食用として生かす
のですが、3~4個は取らずにそのままにしておくのです。


要は家の中から冬の雪景色の中で、木についてる柿の実を見て、
昔の歌人はワビサビを思いめぐらしながら何を感じ取っていたのかなどを
推測しようとするのですから、私も無礼な人間であったかもしれません。



柿の木を抜いた理由は、落葉にあります。


初冬を迎えるころは柿の葉が落ちていきます。

ご存じのように木の葉は、手の平ぐらいの大きさですし、ぬれたときなど
日がさしてキラキラ輝くこともあるにしても、地べたに張り付いた葉は、
いくら掃いても容易に取れません。



また、乾いた葉は、風が吹くと近所の軒先まで浸食し、その都度謝りながら
「うちの葉がお邪魔してしまって」と謝って歩かなければなりません。



それも、隣の家ぐらいであれば、まだしも遠くに飛ばされた葉は、名前を書いて
いないとはいえ、町内の人は私の柿の葉だとすぐ推測できます。



高齢の私です。なかなか葉の処理までは難しくなったのです。


そこで思い切って、長年家族を楽しませてくれたこの木を抜いたのです。


以前の家から数えると、20年近いかもしれない柿の木です。
業者の方にはいい柿の木なので、植採希望の人を探してくださるよう
お願いしたところです。


それにしても、抜いた後はやはり寂しいものがあります。


お世話になったのです。良い思い、楽しい思いもさせて
くれて感謝しているのです。


スカスカになった空間です。


業者が庭のバランスを考えて今度は常緑樹を植えてくれると言っています。

心を豊かにしてくれる樹木を期待しているところです。





最後まで読みいただきありがとうございました。





| 雑感 | 15:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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